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量子化学計算とは【前編】~ケモインフォマティクスとの親和性~

2024/07/18

テクノロジーの発展により、ケモインフォマティクスやバイオイフォマテクスの垣根は取り除かれつつあります。そして、これら情報学にもとづく研究をさらに高みに導く分野として特に注目されているのが「量子化学計算」です。

量子化学計算を実用化することにより、創薬や環境問題など、さまざまな分野でさらなる技術の飛躍や進歩につながることが期待されています。そのため、バイオ研究者においても「量子化学計算」を理解することは、研究や開発において人材価値向上につながるでしょう。

ケモインフォマティクスとバイオインフォマティクス、量子化学計算の掛け合わせることで期待される内容や、量子化学計算を行うデバイスとなるスーパーコンピューターや量子コンピューターなどのトレンドについて解説します。

【この記事のポイント】
・ケモ・バイオインフォマティクスと量子化学計算は親和性が高い
・バイオ、化学領域で量子化学計算の実用化による開発に期待
監修者プロフィール

福山篤史氏
日本総合研究所 創発戦略センター コンサルタント「微生物によるバイオプラスチック生産」を対象とした研究開発の経験を活かし、現職では、政府機関・民間企業に対するバイオテクノロジー・バイオマス由来製品の実装に向けた戦略策定支援、カーボンリサイクル/CCU(Carbon Capture and Utilization)技術の実装に向けた産官学連携のコンソーシアムの企画・運営を担当。著書に「図解よくわかる スマート水産業 デジタル技術が切り拓く水産ビジネス(共著)」「図解よくわかる フードテック入門(共著)」(日刊工業新聞社)。
福山篤史氏

各分野で研究成果を生み出すことが期待される量子化学計算とは

量子科学計算

量子化学計算とは、原子や分子の性質を量子力学の原理にもとづいた計算から予測する技術です。

量子化学計算は、さまざまな分野への応用が期待されています。量子化学計算により、有望な化合物の構造や物質の反応経路を実験なしで解明することも可能になります。この特徴を生かして、治療法が見つかっていない病気の新薬開発や、光合成や窒素固定のメカニズム解明による環境問題・食糧問題の解決に繋がる可能性を秘めています。

量子化学計算は一般的に使われているコンピューターで行えます。Webブラウザ上で量子化学計算が行えるサービスもあるため、インターネットに接続できる環境ならこうしたサービスの利用が可能です。

そのため、大学や企業が運営する多くの研究機関では、一般のコンピューターを使って量子化学計算が導入されています。ただし、一般のコンピューターではどうしても精度や速度に限界があるため、特定の研究テーマにおいてはスーパーコンピューターや量子コンピューターを用いるケースも珍しくありません。

量子化学計算は各分野で期待されている技術

私たちの身の回りの分子や原子の振る舞いを高い精度で知るためには、1920年代に誕生した「量子力学」の考え方が欠かせません。それまで、物理学の基盤は目に見える現象を扱う「ニュートン力学」が主流でしたが、原子や分子の形や性質を扱う点においては限界がありました。

例えば、一般的に原子の中にある電子は「原子核の周りの軌道に沿って回り続けている」と説明されることがあります。 しかし、これはあくまでもニュートン力学の考え方にもとづいたモデルであり、量子力学によれば「電子の位置は決めることができず、あくまでのある位置に存在する確率が分かるだけ」だとされます。

電子が存在する可能性のある範囲は、古典的なニュートン力学にもとづく運動方程式では導き出すことができません。量子力学の波動方程式によって、はじめて得ることができるのです。

ただし、波動方程式を解くことで理論的には分子の形や性質、反応などを正確に知ることができるものの、計算が非常に複雑です。この困難を乗り越えるために量子化学の研究者が考案したのが「分子軌道法」。この計算手法とコンピューター性能の向上によって、量子化学は飛躍的に進歩しました。

この量子化学を使うことで生命科学、医療、創薬領域でさらなる発展を期待できます。

ケモ・バイオインフォマティクスと量子化学計算の親和性

「ケモインフォマティクス」とは「化学(chemistry)」と「情報学(informatics)」を組み合わせた言葉で、コンピュータや情報科学を用いて化学領域の幅広い問題を取り扱う学問のことです。

また、バイオ分野では「バイオインフォマティクス」と呼ばれる「生物学(biology)」と「情報学(informatics)」を融合させた領域があり、バイオ研究におけるドライ系分野として注目されています。

近年、両分野が注目される背景には、コンピューターや情報化技術の目覚ましい進化があります。そういった背景もあり、ケモインフォマティクスとバイオインフォマティクスは量子化学計算と融合することで、新たな発展が期待されているのです。

ケモインフォマティクスと量子化学計算の親和性は高く、ケモインフォマティクスの分野では実際に実験を行うことによって収集する実験データよりも、量子化学計算で得られる計算データのほうが扱いやすいことから、新規化合物の合成にも活用されています。

また、創薬分野では量子化学計算とケモインフォマティクスおよびバイオインフォマティクスの融合により、新しいタイプのデータ創出や解析技術の開発などが求められています。

さらに、量子化学計算はパソコンがあれば実行できるため、実験をメインにした従来の分析手法と比べて「研究者が働く場所を柔軟に選択できる」という点でも優れているといえるでしょう。

量子化学計算の実用化にあたり期待されること

量子化学計算の実用化により、バイオ・化学のそれぞれの領域で期待される未来像を見ていきましょう。

期待する未来

化学領域1:創薬や新しい治療に使用する素材の開発

量子化学計算は、「人々の健康に関する開発」の高速化に寄与します。例えば、量子化学計算が活用される領域のひとつに「創薬」があります。

ウイルス感染症やがんの治療に役立つ抗体医薬品を設計する際には、抗原と抗体の相互作用に関する理解が大切です。

大阪大学では、フラグメント分子軌道(FMO)法という量子化学計算の手法により、新型コロナウイルス表面のスパイクタンパク質と抗体との複合体構造について、12種の抗体との相互作用解析を行いました。

実験的な活性値(IC50)と良好な相関が得られたことに加え、抗体認識部位としてエピトープ(抗原決定基)になる可能性がある9残基の特定に成功しました。FMO法はタンパク質などの巨大分子をフラグメント化(細分化、断片化)して扱うことによって、高速・高精度の大規模量子化学計算を実現しています。

化学領域2:地球以外の星に住むための開発

現在の科学で得られた技術や知見では、人類が地球以外の星に住むことは不可能です。

しかし、宇宙の過酷な環境に耐え得る安全性と廉価性を兼ね備えた新素材によるロケット、月や火星などの資源から水や酸素を生成できる装置などを開発することができれば、これまで以上に「宇宙移住」の可能性も開けます。

地球以外の星に住むことも、量子化学計算によって可能になるかもしれません。

エネルギー領域:地球規模の課題解決のための開発

エネルギー問題や環境問題の解決につなげるため、太陽光を用いて水からクリーンエネルギーである水素をつくり出す研究開発が熱心に進められています。

例えば、太陽光で水を効率よく分解する光触媒を見つけるため、自然科学系総合研究所である理化学研究所では量子化学計算によるシミュレーションを行っています。

多数の元素の組み合わせの中から、目的に合った化合物を見つけるのは大変な時間とエネルギーがかかる作業ですが、量子化学計算を使えば材料設計を合理的に進めることが可能です。