量子化学計算が研究開発を変える?ケモ・バイオインフォマティクスを高みに導く次世代計算技術【後半】

テクノロジーの発展により、ケモインフォマティクスやバイオイフォマテクスの垣根は取り除かれつつあります。そして、これら情報学にもとづく研究をさらに高みに導く分野として特に注目されているのが「量子化学計算」です。

量子化学計算を実用化することにより、創薬や環境問題など、さまざまな分野でさらなる技術の飛躍や進歩につながることが期待されています。そのため、バイオ研究者においても「量子化学計算」を理解することは、研究や開発において人材価値向上につながるでしょう。

前半 では、バイオインフォマティクス・ケモインフォマティクスの各分野と量子化学計算の親和性、バイオ・化学領域で量子化学計算を実用化するにあたり期待されること、さらに、量子化学計算の概要について説明しました。(>>前半の記事はこちら

後半では、量子化学計算をする際に使用するデバイス環境の変化について解説します。

【この記事のポイント】
・量子化学計算を行うデバイスは進化している
・スーパーコンピューター(スパコン)と量子コンピューターの連携処理する時代に

監修者プロフィール

福山篤史氏
日本総合研究所 創発戦略センター コンサルタント「微生物によるバイオプラスチック生産」を対象とした研究開発の経験を活かし、現職では、政府機関・民間企業に対するバイオテクノロジー・バイオマス由来製品の実装に向けた戦略策定支援、カーボンリサイクル/CCU(Carbon Capture and Utilization)技術の実装に向けた産官学連携のコンソーシアムの企画・運営を担当。著書に「図解よくわかる スマート水産業 デジタル技術が切り拓く水産ビジネス(共著)」「図解よくわかる フードテック入門(共著)」(日刊工業新聞社)。
福山篤史氏

量子化学計算を実現するデバイスも進化

量子化学計算は一般のコンピューターでも対応できるものの、より性能が高いスーパーコンピューターや量子コンピューターを使うことで、さらに精度とスピードを高められます。

ケモインフォマティクス・バイオインフォマティクスや量子化学計算を取り巻くデバイス環境はどのように変化しているのでしょうか。

量子化学計算

スーパーコンピューターの進化と日本の実績

スーパーコンピューター(スパコン)とは、普通のコンピューターよりはるかに計算が速いコンピューターのことです。スパコンの計算速度は、一般的なコンピューターの数百倍から数十万倍にもなります。

1993年からは、同じプログラムで決められた計算をしたときの計算速度でスパコンの順位を付ける「TOP500」というプロジェクトが行われています。スパコンの計算速度は劇的に進化しており、これまで1位を獲得したスパコンの計算速度は1993年から2020年までの27年間で100万倍以上に向上。今後もさらに進化を遂げると予想されています。

日本はスパコン開発においてこれまで素晴らしい実績を残してきました。
その中には、2011年にTOP500で1位になった「京(けい)」があります。「京」は8万個以上ものCPUに計算を分担させることで、世界で初めて1秒間に1京回の計算を行うことに成功。2012年以降には、さまざまな分野のシミュレーションで活用されてきました。例えば、地球全体の大気の流れをシミュレーションすることで台風の進路や規模を予想して被害を減らしたり、天文学の分野では超新星の爆発の仕組みを解明したりしています。

次世代スパコン「富岳」の特徴と成果

「京」は2019年8月に稼働を停止しましたが、蓄積された知識と技術は、理化学研究所と富士通が2014年より開発を進めた「富岳(ふがく)」に受け継がれました。

「富岳」のCPUは約16万個にもなり、その計算速度は1秒間に41京回という圧倒的なもので、2020年6月にはスパコンのランキング(TOP500)で世界一になりました。

スピードだけでなく、さまざまな種類の計算に使えることが「富岳」の大きな特徴で、「京」が主に活用されたシミュレーションだけでなく、人工知能に必要な計算も高速で行うことが可能となりました。計算の際に使う電力が少ない点も高く評価されています。

「富岳」を用いた測定結果はさらに向上しており、2024年の大規模グラフ解析に関するスーパーコンピューターの国際的な性能ランキングである「Graph500」のBFS(幅優先探索)部門では9期連続の世界一を獲得しました。

この大規模グラフ解析の性能は、大規模かつ複雑なデータ処理が求められるビッグデータ解析で重要な指標といわれています。

スパコンを上回る量子コンピューターのスペック

スパコンの次世代を担うのが、量子コンピューターです。量子コンピューターとは、「量子重ね合わせ」や「量子もつれ」といった量子力学の現象を利用して並列計算できるコンピューターです。

スーパーコンピューターを始めとする通常のコンピューターが0または1のビットを使用して計算するのに対して、量子コンピューターでは0と1の両方の値を持つ量子ビットを使用して計算します。このように、スパコンと量子コンピューターでは、計算の仕組みが全く異なるのです。

従来のコンピューターでは答えを導くために膨大な時間がかかっていた問題でも、量子コンピューターを使えばはるかに短時間で計算できる可能性があり、さまざまな分野での活用が期待されています。

一方で、量子コンピューターの社会実装には最低でも20~30年はかかると予測され、また、量子コンピューターを使って解決できるとされる問題は限られています。

量子コンピューターを使えばどんな問題でもスパコンより速い速度で計算できるわけではありません。例えば、量子コンピューターを使っても四則演算やエクセルの表計算を高速化することは不可能です。

しかし、量子コンピューターを使うことで創薬、材料開発、金融、人工知能などでは社会的に大きなインパクトがもたらされると考えられています。そういったイノベーションが量子化学計算を次の次元に引き上げてくれることも期待できます。

スパコンと量子コンピューターの連携処理も

量子コンピューターはあらゆる計算においてスパコンを凌駕するわけではありません。そのため、将来的には量子コンピューターはスパコンが苦手な分野を補い、さらに高速化する手段として使われることが期待されています。

スパコンと量子コンピューターは競争相手ではなく、ともに共存し、私たちの生活を支えてくれる存在になってくれるでしょう。今日ではそれぞれの特性を活かし、両者を連携処理する試みがなされています。

理化学研究所は国産としては初の量子コンピューター試作機を開発し、2023年10月に同機を「叡(えい)」と名付けました。理研などは「叡」の課題を補うために「富岳」と連携させる研究開発に着手しており、そのためのソフトウェア、プラットフォーム、アプリケーションを開発しています。

現在、さまざまなタイプの量子コンピューターが開発途上にあり、効果的な組み合わせの検証が続けられています。「叡」と「富岳」のように世界でも随一のスペックを誇るコンピューターが連携することで、各分野でどのような相乗効果が生まれるか注目されています。

まとめ:バイオ研究者も量子化学計算について知っておこう

量子化学計算は、バイオ研究者にとっては専門外に思えるかもしれません。

しかし情報学が発展し、さまざまな領域で情報学の技術が活用されるようになっていることで、化学と生物学の垣根は以前より低くなっています。 また、ケモインフォマティクス・バイオインフォマティクスと量子化学計算の親和性は高く、これらが融合することで新たな発展も期待されています。

さらに今後、スパコンと量子コンピューターを連携させる取り組みが進めば、各分野で大きなイノベーションが期待できるでしょう。

バイオ研究者が創薬分野での新薬開発や地球環境問題解決など、人類が抱えるさまざまな課題に対峙するためには、自らの専門領域を越えてより学際的に学び、常に知見を広げていく姿勢が重要です。

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