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バイオ業界研究~医療・創薬~

【バイオテクノロジー業界研究①】将来の人々の長寿と健康を担う~医療・創薬分野編~

2024/01/10

バイオ領域においては「バイオロジー(生物学)」と「テクノロジー(技術)」を組み合わせた「バイオテクノロジー(生物が持つ特性を活かした食生活や健康、環境保全などに役立たせる技術)」の注目度が高まっています。

バイオテクノロジーには「機能性食品」「化成品」「再生可能エネルギー」など、多岐にわたる応用分野が存在しますが、その中でも事業化が進んでいるのが医薬品などの健康・医療分野です。研究を通して人々の長寿と健康をサポートできるだけに、やりがいと責任の大きな仕事と言えるでしょう。

健康・医療分野においてバイオテクノロジーはどのように応用されているのでしょうか。主な就職先や研究分野、社会における今後の展望について掘り下げます。

監修者プロフィール

福山篤史氏
日本総合研究所 創発戦略センター コンサルタント「微生物によるバイオプラスチック生産」を対象とした研究開発の経験を活かし、現職では、政府機関・民間企業に対するバイオテクノロジー・バイオマス由来製品の実装に向けた戦略策定支援、カーボンリサイクル/CCU(Carbon Capture and Utilization)技術の実装に向けた産官学連携のコンソーシアムの企画・運営を担当。著書に「図解よくわかる スマート水産業 デジタル技術が切り拓く水産ビジネス(共著)」「図解よくわかる フードテック入門(共著)」(日刊工業新聞社)。
福山篤史氏

健康・医療分野のバイオテクノロジーの実態

近年、バイオテクノロジーの中でも健康・医療分野が特に関心を集めたきっかけは、2019年からの「新型コロナウイルス感染症」の世界的なパンデミックでした。複数の製薬会社が急ピッチでワクチン開発に取り組み、実用化まで10年かかるのが一般的なところを約1年で普及させた出来事は多くの人の記憶に深く刻まれているでしょう。ワクチンや治療法の開発が人の命を救うことを、世界中の人々が目の当たりにしたのです。

人々が生活する上で、最も大切なのは「命」であるというのは誰もが納得することでしょう。したがって、命を脅かす病気や寿命に関する分野は、非常に優先度高く研究が進められています。

主な就職先は製薬・創薬などの医薬品メーカー

健康・医療分野のバイオテクノロジーに関連した主な就職先は、製薬会社や創薬ベンチャーなどの医薬品メーカーです。製薬は医薬品を製造すること、創薬は世の中にまだ存在しない医薬品を新たに創り出すことを指します。

国内の代表的な企業としては、製薬分野では「武田薬品工業」「大塚ホールディングス」「アステラス製薬」、創薬分野では「iHeart Japan株式会社」「タカラバイオ株式会社」などが挙げられます。医薬品を製造したり、新薬を開発したりする企業は、バイオ系の研究職を目指す方にとって、就職先としてイメージしやすいでしょう。

バイオテクノロジーを用いた製薬・創薬には、膨大な初期投資が必要です。バイオ医薬品の製造や臨床研究には、従来の化学合成での製造などとは異なる技術・ノウハウが必要だからです。こうした中で、製薬会社は競争力の源泉となる新薬創出に資源を集中するため、CMO (医薬品受託製造企業)や CDMO (医薬品受託開発製造企業) といった外部リソースを積極的に活用し、水平分業型で創薬に取り組む動きがあります。

水平分業型のバイオ医薬品製造

画像引用:https://www.jba.or.jp/web_file/d2a40ffe2d4a670c08537eb06c469564b0311165.pdf

水平分業型では、「富士フィルムホールディングス」や「AGC」などの企業が該当するCDMOや、試料メーカー、医療機器メーカー、化学メーカーなどでも製薬・創薬に携わることができます。

バイオ医薬品、再生医療・遺伝子治療関連にも従事

健康・医療分野におけるバイオテクノロジーの具体的な活用方法としては、「バイオ医薬品・ワクチン開発」「再生医療」「遺伝子治療」「個別化医療」「遺伝子診断」などが挙げられます。

いずれも人命の救済や健康増進に関わることができる点で、社会的意義が非常に高い分野と言えるでしょう。

バイオテクノロジー関連の主な技術開発(健康・医療編)

バイオテクノロジー

健康・医療分野のバイオテクノロジーに従事する研究者たちは、日々どのような技術開発を行っているのでしょうか。経済産業省が積極的に開発支援をしている「再生医療」「個別化医療」「バイオ医薬品」「ワクチン」「遺伝子治療」「遺伝子診断」の6つの領域における「概要」「市場規模」「成長性」について、それぞれ解説します。

再生医療

再生医療とは、臓器や生体組織が機能不全・機能障害に陥った場合、細胞や人工素材を利用して、損なわれた機能の再生を図る医療のことです。山中伸弥教授が研究するiPS細胞が一例です。

出典:日本再生医療学会 再生医療PORTAL「再生医療について

一口に再生医療と言っても、さまざまな技術が含まれます。例えば、その一つの技術である「ティッシュエンジニアリング(Tissue Engineering)」は1990年代にアメリカの医師と工学者が唱えた技術です。この技術は、患者の「細胞」、細胞が活動するための重要な場所(骨組み)である「マトリックス」、体に良い作用を与える「生理活性物質」の3つを組み合わせることで人工的に臓器や組織を作りだすという考え方にもとづいています。

再生医療・遺伝子治療の世界市場規模は2030年には約6.8兆円、2040年には約12兆円まで拡大すると見込まれており、医療界のさらなる発展が見込まれる中、将来性のある分野として期待されています。日本では、再生医療の推進のための法整備や、医薬・医療機器の安全基準を定めた法改正の動きが顕著です。

また、平成25年から令和4年度の10年間に、京都大学iPS細胞研究所を中核拠点として、臨床応用を見据えた安全性向上・標準化に関する研究が実施されました。

再生医療等製品のうち、厚生労働省により承認されており健康保険が使えるものは、19種類に限られています(2023年4月現在)。現在、多くが確認段階にあります。

個別化医療

個別化医療とは、患者ごとに病気や病態を決定づけているタンパク質や遺伝子を詳細に調べ、直接作用する薬を投与する医療のことです。個別化医療の実現により、治療効果の向上や副作用の最小化が期待されます。

個別化医療の技術革新は、ゲノム解析が普及し、遺伝子レベルの情報を臨床現場でも活用できるようになったことに起因します。

日本でも令和2年3月の「健康・医療戦略」にもとづき、日本人における疾患関連遺伝子の同定や多因子疾患の発症リスクの予測・個別化医療の実現を推進する研究開発が「ゲノム医療実現バイオバンク利活用プログラム」として推し進められてきました。

その一環として、官民共同で10万人分の全ゲノム解析を実施中であり、東北メディカル・バンクには8万人以上の成人の健康情報が蓄積されています。

世界の個別化医療の市場規模は2030年末までに約8,590億米ドル(約128兆円)まで成長すると見込まれています。

バイオ医薬品

バイオ医薬品とは、遺伝子組み換え技術や細胞培養技術など「生物が持つ力」を応用して、微生物や細胞が持つタンパク質などを作る力を利用して製造される医薬品のことです。生物の持つ生体分子(酵素、ホルモン、抗体など)を応用して作られます。

出典:厚生労働省「バイオ医薬品について

従来の「低分子医薬品」に比べて、バイオ医薬品は非常に複雑な構造をしているため、製法の確立には高い技術力が不可欠です。

1982年に開発された糖尿病の治療薬「ヒトインスリン」が世界初のバイオ医薬品であり、その後も「インターフェロン」や「エリスロポエチン」などのバイオ医薬品が開発されました。希少疾病や難治性疾患領域において、バイオ医薬品は、低分子医薬品では満たされないニーズを満たす新時代の医薬品として使用され、今後も需要が高まることが予想されます。

医療用医薬にジェネリック(後発医薬品)があるように、バイオ医薬品にもバイオ後発品の「バイオシミラー」が存在します。先行バイオ医薬品の特許期間が満了すると、同等・同質の品質を持ち、安全性・有効性が検証されたバイオシミラーが他社から製造・販売されるのが業界の一連の流れです。

バイオシミラーは先行バイオ医薬品よりも安価であり患者の費用負担を軽減できることから、厚生労働省は「2029年度末までに、バイオシミラーに80%以上置き換わった成分数が全体の成分の60%以上」を目標に掲げています。

バイオ医薬品の市場規模は2028年には約7,009億米ドル(約105兆円)に達すると言われており、医薬品の中でも個別化医療とともに成長市場です。

ワクチン

「ワクチン」は、病原体に対する免疫を作ることで感染予防を助ける医薬品を指します。感染症にかかると、原因となる病原体に対する「免疫」がつくられます。免疫は同じ感染症に再びかかりにくくしたり、症状を軽くしたりします。この免疫の仕組みをワクチンでも利用しているのです。

新型コロナウイルス感染症のワクチンの例からもわかるように、バイオテクノロジーの進歩によって従来の技術では製造困難だった感染症に対しても、感染症予防目的のワクチン開発が可能になりました。

主要ワクチン「インフルエンザ、肺炎球菌、ヒトパピローマウイルス、帯状疱疹、水痘、風しん・麻しん(風しん、麻しん含む)、ロタウイル、おたふく、RSウイルスなど」の国内市場(新型コロナウイルスを除く)は、2030年時点では1,880億円と予測されており、2021年比で16.3%増です。

このように今後市場拡大が予想される一方、日本では、令和3年6月1日に閣議決定された「ワクチン開発・生産体制強化戦略」において、感染症研究の学問分野としての層の薄さ、平時からの備えの不足などが指摘されました。

国産ワクチン開発の実現に向け、世界トップレベルの研究開発拠点の整備・強化が行われています。

出典:文部科学省「健康・医療分野の研究開発の推進

遺伝子治療

遺伝子治療とは、遺伝子工学の進歩を背景に、遺伝性疾患や難治性疾患の遺伝子の異常を修正する治療のことです。遺伝子治療は、薬理効果を持つ遺伝子を腫瘍に直接注射するなどの「体内遺伝子治療」と、細胞をいったん体外に取り出し、遺伝子を導入して培養増幅させ、それを再び体内に戻す「体外遺伝子治療」に分けられます。

遺伝子治療の特徴は、遺伝性疾患の場合は1回の治療で根治できる点です。遺伝子治療は高額ですが、日本では高額療養費制度により費用負担を軽減することができます。

一方、現状では遺伝子操作を行うことに関する安全性が確立されているわけではないため、治療が原因でがんなどの病気を発症しないか長年にわたりフォローアップする必要があります。

細胞・遺伝子治療の市場は、2030年まで年率30%以上の成長率で拡大することが見込まれ、成長が期待される分野です。

遺伝子診断

遺伝子診断とは、遺伝子が保有する情報の解析によって、生まれ持った病気のなりやすさや体質を調べる診断です。DNA検査とも呼ばれ、疾患や機能異常を引き起こす遺伝子変異の有無を検出します。出生前に胎児を検査する出生前診断も、この遺伝子診断に該当します。

遺伝子診断の世界市場規模は2022 年時点で約 190 億米ドル(約2.8兆円)です。その後も市場規模は、約9%の年平均成長率で成長し、2035年には約450億米ドル(約6.7兆円)に達すると予測されています。

バイオテクノロジーの発展が社会貢献を果たす未来

バイオテクノロジー

技術開発を行っている研究者たちの努力もあり、バイオテクノロジーを活用した健康・医療分野においては、日進月歩の発展を遂げています。現在の研究成果がどのような未来を築いていくのか、実現が期待される近未来を展望します。

健康寿命の延伸・QOLの向上

2019年に策定された「健康寿命延伸プラン」では、2016年時点で男性72.14歳、女性74.79歳だった健康寿命を、2040年までに75歳以上とすることを目指しています。この実現のためには、健康的な生活習慣を形成することはもちろん、遺伝子診断や個別化医療による疾病予防・重症化予防等の貢献も必要となるでしょう。

また、病気になった際、治療や療養生活の質(QOL)はどんな治療法を選ぶかによって大きく左右されます。個別化医療によって副作用を最小限に抑えることができれば、QOLの向上につながるでしょう。

医療費や医療コストの削減

より効果的で効率的な医療を提供できる社会になれば、治療にかかるコストの削減が期待できます。結果的に医療現場、患者、政府などステークホルダーの負担軽減にもつながるでしょう。医療分野における資金流通の最適化は、より先進的な医療を目指すうえでの第一歩と言えます。

また現在、厚生労働省が進めている、バイオ医薬品のバイオシミラーへの置き換えなども患者の金銭的負担軽減への重要な取り組みです。

医療従事者が提供する治療の幅の拡大

医療がさらなる発展を遂げることで、これまでは行えなかった治療や新規での医薬品の開発など、医療従事者にとってあらゆる面で選択肢を広げることになります。

選択肢が増えることでより最適な治療の実施、治療期間の短縮化などが期待できるでしょう。

また、個別化医療など、より一人一人にフォーカスした深度を増した治療の実施が増えることが予想されます。

創薬の短期化・安全性の向上

バイオテクノロジーの急速な進歩によって、創薬の短期化が実現します。例えば、従来ワクチン開発には早くても10年近くかかるとされていましたが、新型コロナウイルス感染症のワクチン開発は約1年に短縮されました。

日本が今後国内での創薬の短期化を実現するためには、CDMOの存在が欠かせません。CDMOは製薬会社や創薬ベンチャーと協力し、承認された医薬品の製造を受託するだけでなく、有効成分となる原薬を効率的に生産するためのプロセスの開発や投与に適した薬の形にする製剤化で貢献します。

バイオ医療は製造工程が複雑なだけでなく、治療薬の種類が多いため、一つの企業ですべてを対応するよりも、水平分業することで日本企業のさらなる強みを生かせると期待されています。

まとめ~バイオテクノロジーの研究が将来の人々の健康を支える

【バイオ 医療 創薬 健康のまとめ】
・主な就職先となるのは製薬・創薬などの医薬品メーカー
・再生医療、個別化医療、バイオ医薬品、ワクチン、遺伝子治療、遺伝子診断の6領域に注目
・水平分業化が進んでおり、CDMOや化学メーカーで製薬・創薬に携わる選択肢も 

急速な進歩を遂げる健康・医療分野において、バイオテクノロジーの第一線で研究開発に取り組むことで、刺激的で貴重な経験の獲得に繋がるはずです。将来にわたって人々の健康や社会生活の質の向上に貢献できる仕事は、大きなやりがいと満足感を与えてくれるでしょう。

また、新薬創出に向けた水平分業型の取り組みの進行により、アプローチは多様化、分業化しています。製薬企業やバイオベンチャーだけでなく、CDMO、試料メーカー、機器メーカー、ケミカル企業などにも視野を広げてみてみるのが良いでしょう。

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