【再生医療関連事業①】「iPS創薬支援」の最新動向を解説

こちらのコラムでは、再生医療分野に参入している業種や新たな産業化の取り組みについてシリーズでお届けします。第一弾となる今回は「iPS創薬支援事業」について見ていきます。

再生医療分野の注目度が高まるにつれて、製薬会社以外のさまざまな業種の参入や産業化の取り組みが進んでいます。

この記事では、バイオ研究者が知っておきたいiPS創薬支援事業の概況やトレンド、事例を紹介します。

監修者プロフィール

福山篤史氏
日本総合研究所 創発戦略センター コンサルタント「微生物によるバイオプラスチック生産」を対象とした研究開発の経験を活かし、現職では、政府機関・民間企業に対するバイオテクノロジー・バイオマス由来製品の実装に向けた戦略策定支援、カーボンリサイクル/CCU(Carbon Capture and Utilization)技術の実装に向けた産官学連携のコンソーシアムの企画・運営を担当。著書に「図解よくわかる スマート水産業 デジタル技術が切り拓く水産ビジネス(共著)」「図解よくわかる フードテック入門(共著)」(日刊工業新聞社)。
福山篤史氏

再生医療分野の関連事業「iPS創薬支援事業」の概況

はじめにiPS創薬支援事業について概観し、近年この分野への新規参入企業が増加している理由について解説します。

創薬を行っている試験管

iPS創薬支援事業の特徴と課題

創薬支援事業とは、高度な技術を活かして製薬会社などの新薬開発をサポートする事業です。具体的には新薬候補の探索、前臨床試験、治験、市場投入までの各過程において、画像解析技術などを用いて新薬開発をサポートします。

創薬支援事業の中でも、iPS細胞を活用した医薬品開発に特化しているのが「iPS創薬支援事業」です。iPS創薬では患者の体細胞からiPS細胞を作製し、そのiPS細胞から病気の標的細胞(疾患モデル細胞)を作ります。そしてその疾患モデル細胞を対象にして治療薬候補を探索し、臨床試験へと進みます。

ALS(筋萎縮性側索硬化症)やパーキンソン病など、従来の創薬手法では困難だった難治性疾患に対する治療薬の開発に、iPS創薬が果たす役割が期待されています。

しかしその一方で、iPS細胞を創薬につなげるには課題も少なくありません。特にiPS細胞の性質は患者ごとに異なり、品質や特性が均一でないことから、創薬プロセスの標準化が困難といわれています。また、高度な技術が必要で高コストなことも今後解決すべき課題となっています。

iPS創薬支援事業への参入企業が増加している背景

iPS創薬にはさまざまな課題があるものの、これらを乗り越えられれば希少疾患や難治性疾患の新薬開発が一気に進む可能性があります。また、長期的に見れば技術的なブレイクスルーによりiPS創薬をめぐる市場はさらに拡大していくでしょう。そのため、iPS創薬支援事業への参入企業が増加していると考えられます。

以下では、その背景を5つの視点から紹介します。

1.新薬開発の効率化
従来の新薬開発では、作用や副作用を動物で確認した後に臨床試験を行います。しかし、ヒトと動物では異なる点も多く、動物実験で成功した場合でもヒトの治験段階で開発中止になるケースも珍しくありません。これに対して、iPS細胞から作り出された疾患モデル細胞を使えば、治験の前にヒトへの副作用を高確率で予測できるため、安全かつ効率的な新薬開発が可能になります。

2.個別化医療の推進
患者自身の細胞から作製したiPS細胞を使うことで、患者ごとに最適化された治療薬の開発が可能になります。これにより、医療の質向上が期待できます。

3.難病治療薬の開発
希少疾患の定義は国や地域で異なりますが、その数は7,000以上といわれています。希少性疾患は患者数が少ないため研究が十分に進まず、それゆえ適切な治療を受けることが困難な状態になりがちです。この点、患者の細胞から作られるiPS細胞は患者と同じ遺伝情報を保持するため、希少疾患の大部分を占める遺伝性疾患の研究に適しているといえます。

4.市場の成長性
細胞・遺伝子治療の市場は2030年までに年率30%以上の急成長が見込まれており、経済的なリターンを長期的に得られると期待されています。

5.国の支援と産業化の推進
日本政府も再生医療や遺伝子治療の産業化を積極的に推進しています。例えば、2022年には岸田文雄総理大臣(当時)が「新しい資本主義実現会議」においてこの分野の重要性を強調しました。また、iPS細胞の第一人者である京都大学の山中伸弥教授も公的支援の必要性を訴え続けています。

以上のような背景から再生医療分野が注目され、多くの企業がiPS創薬支援事業を含む関連事業に参入しはじめています。以下では、iPS創薬支援事業に取り組んでいる三つの企業を紹介します。

株式会社ニコンのiPS創薬支援事業

株式会社ニコンは映像事業や精機事業で知られていますが、加えてヘルスケア事業にも力を入れています。

ニコンでは、顕微鏡の研究開発・製造で培った技術と研究者との関係性を活かし、iPS細胞を活用した神経系疾患治療の開発に役立つソリューションの展開や製薬会社などの研究開発支援をしています。

ニコンのiPS創薬支援ソリューションでは、「培養」「観察」「画像解析」の技術を組み合わせ、より効率的に実験を進めるためのサポートを実施。2019年には創薬研究の支援を行う「Nikon BioImaging Lab」を米・ボストンに開設し、患者由来のiPS細胞から誘導した細胞を含め、さまざまな細胞を用いて病気のメカニズムや薬の作用機序(※1)を解明する研究などを行っています。

※1 作用機序:薬剤が効果を発揮するためのメカニズムのこと

株式会社リコーのiPS創薬支援事業

株式会社リコーは複合機やプリンター、印刷機などのデジタルサービス、デジタルプロダクツを扱う企業として知られています。近年ではヘルスケア事業も展開しており、その中にはiPS創薬支援事業も含まれます。

2023年には東京大学と共同で、iPS細胞を使った神経細胞の作製に成功したことを発表。この共同研究はヒトの脳神経細胞をiPS細胞からわずか2~3カ月という短期間で成熟させ、その機能を観察することに世界で初めて成功するという画期的なものでした(2023年3月当時)。この研究成果は、認知症治療薬の創出につながる可能性があると期待されています。

リコーのiPS創薬支援事業では、患者由来のiPS細胞を目的の細胞に分化させて多数培養し、医薬品メーカーへ提供することで治療薬の創出をサポート。これにより、医薬品メーカーが保有する膨大な医薬品情報をもとに効率的に治療薬を開発・選定でき、より短期間で治療薬を提供できる可能性があるといいます。

株式会社リプロセルのiPS創薬支援事業

株式会社リプロセルでは研究支援事業やメディカル事業に取り組んでおり、日本だけでなく米国や英国、インドにも拠点があります。

リプロセルは2003年に京都大学・東京大学発の再生医療ベンチャーとして設立。2007年の山中教授による世界初のiPS細胞の樹立実験では、リプロセルの培養液が使用されました。

その後、ヒトiPS細胞由来心筋細胞の上市に世界で初めて成功するなど、iPS細胞の分野で最先端のビジネスを展開しています。2013年にはJASDAQへ上場しました。

リプロセルは2022年、米・バイオブリッジ・グローバル社と戦略的関係を強化するための基本合意書を締結しました。それまでは臨床用iPS細胞の創薬支援事業の一部工程を担ってきましたが、この合意によってiPS細胞作製から治験に使う細胞製造までの全工程が受注可能になっています。

iPS創薬支援事業におけるバイオ技術者に必要なスキル

研究を行う様子

iPS創薬支援事業関連のバイオ技術者に求められるスキルを、株式会社リコーと株式会社リプロセルを例に紹介します。

株式会社リコー

株式会社リコーでは、バイオインフォマティクス研究者(iPS細胞データ分析及びmRNA CDMO関連研究)を募集しています。求められるスキルなどの一部を以下に紹介します。

【分野】
iPS細胞データ分析およびmRNA CDMO関連研究のバイオインフォマティクス研究者

【実験テーマ】
iPS細胞、iPS細胞由来分化細胞、mRNA改変、mRNA CDMO QC技術開発

【実験手法】
・PythonやRなどによる大規模バイオインフォマティクスデータ解析
・AWSを用いたバイオインフォマティクスデータ解析
・Plasmidの構築
・PCR
・in vitro 転写
・HPLC精製
・qRT-PCR

【応募資格・条件(必須)】
・PythonやRなどのプログラミング言語を用いた大規模バイオインフォマティクスデータ解析の経験(3年以上)
※指示に従って解析を行うだけでなく、解析・実験方針の検討や提案をした経験が必須
・Single cell RNA-seqによる哺乳類細胞集団の解析
・哺乳類細胞に関する分子生物学、または医学の知識・バックグラウンドを持つ方
・大規模データ解析の能力を示す情報を提供できること
・英語力:英語の読解(学術論文など)及び資料作成

株式会社リプロセル

株式会社リプロセルでは、iPS細胞の最先端の実用化開発および事業化に携わる研究員を募集しています。求められるスキルなどの一部を以下に紹介します。

【業務内容】
・iPS細胞の培養、リプログラミング、神経系細胞等への分化誘導、CRISPR/Cas9による遺伝子改変、大量培養技術開発、GMP施設のオペレーションなど、ラボワークが中心業務
・大学との共同研究や製薬企業からの受託研究では、社外とのコミュニケーションも担当。基礎研究ではなく、企業として事業化を目指した研究開発を行う

【必要な経験・能力】
(必須)大学院において、バイオ関連を専攻した方
(歓迎)iPS細胞に関する研究経験、英語力がある方

技術的ブレイクスルーが「カギ」!iPS創薬支援が切り拓く未来

iPS創薬は創薬プロセスの標準化が困難なこと、高度な技術が求められることなど課題も多い一方で、希少性疾患や難治性疾患などの治療薬の開発、個別化医療の推進などが期待される分野でもあります。

細胞・遺伝子治療の市場は2030年までに年率30%以上の急成長が見込まれる中、日本政府も再生医療や遺伝子治療の産業化を積極的に推進しています。

こうした背景から、iPS創薬支援事業に取り組む企業は増加しており、バイオ研究者にとしても注目すべき重要な分野です。