【AIで進化する再生医療】バイオ研究者が注目すべき最新トレンド

現在、AI(人工知能)はさまざまな領域に大きなインパクトを与えているテクノロジーの一つです。

機能障害や機能不全に陥った臓器などに対して細胞を積極的に利用し、機能の再生をはかる「再生医療」の分野でもAIの活用は進んでいます。

この記事では再生医療分野でのAI活用に関する現状や、バイオ研究者として求められるスキルなどについて紹介します。

監修者プロフィール

福山篤史氏
日本総合研究所 創発戦略センター コンサルタント「微生物によるバイオプラスチック生産」を対象とした研究開発の経験を活かし、現職では、政府機関・民間企業に対するバイオテクノロジー・バイオマス由来製品の実装に向けた戦略策定支援、カーボンリサイクル/CCU(Carbon Capture and Utilization)技術の実装に向けた産官学連携のコンソーシアムの企画・運営を担当。著書に「図解よくわかる スマート水産業 デジタル技術が切り拓く水産ビジネス(共著)」「図解よくわかる フードテック入門(共著)」(日刊工業新聞社)。
福山篤史氏

再生医療におけるAI活用の概況

研究をする女性

機械が人間の知能を模倣することを可能にする技術「AI(人工知能)」は、医療現場でも積極的に採用されています。

再生医療におけるAI市場規模は、2023年時点で5,963万ドル(約94億円)。これが2030年には2億4,063万ドル(約379億円)に達すると予測され、今後の成長が見込まれています。

圧倒的なスピードでデータ処理を可能とするAIを再生医療に活用することで、研究スピードの加速化などが期待されています。

再生医療分野でのAI活用3選

AIを活用する医療従事者

ここでは再生医療の分野でAIが活用されている具体的な取り組みを3つ紹介します。

ケース1:AI活用によるiPS細胞培養の取り組み

理化学研究所や神戸市立神戸アイセンター病院などからなる共同研究グループは、目の難病にあたる加齢黄斑変性を含む「網膜色素上皮(RPE)不全症」患者への「網膜再生医療」を研究しています。

iPS細胞から分化誘導した網膜色素上皮細胞(RPE)を移植する細胞治療の臨床研究は、2014年に1件目が実施され、その後も実施が報告されています。

網膜再生医療の技術は進展する一方で、移植用のiPS細胞の作製は培養環境の無菌化と高い操作再現性が求められるため、作業者への負担が大きく、また作業する人材の育成も容易ではありません。そのため、結果的に再生医療のコストはなかなか下がらず、患者にとっても敷居が高いままとなっています。

こうした課題を解決するために注目されているのが、汎用ヒト型ロボット「まほろ」とAIソフトウェアを組み合わせた、研究者の手と頭を介さない「自律細胞培養システム」です。

産業用ロボットを手がける安川電機子会社のロボティック・バイオロジー・インスティテュート株式会社が開発したヒト型ロボットまほろは、iPS細胞培養において熟練技術者と同等以上の精度で作業ができるといいます。

また2024年5月には、アステラス製薬株式会社が安川電機とロボット技術の活用に向けて覚書を結んだことを発表しました。この覚書では、双腕のロボットに細胞の培養や分化の作業を担当させ、創薬研究や医薬品製造における工程を自動化することを目指しています。

出典:理化学研究所「ヒューマノイドロボットは再生医療の現場へ

ケース2:AIを活用したiPS細胞の品質管理

株式会社Quastella(クオステラ)は2019年に設立した名古屋大学発のベンチャー企業で、再生医療などで使用する細胞の品質をAIで管理するサービスを展開しています。2024年11月には、中部ニュービジネス協議会の「ベンチャー大賞」最優秀賞に選ばれました。

再生医療などの細胞産業が本格化しているものの、使用される細胞の培養や管理においては依然として顕微鏡を使用した主観的評価が行われています。人間の「目利き」による管理は評価のばらつきや作業者への負担を生み、作業効率の面でも課題です。

こうした課題を解決するために、Quastellaはデータ駆動型細胞品質管理システム「Cytometa(サイトメタ)」を開発し、細胞画像の整理から解析、改善に至るまでAIを活用した一環したプロセスを実現。このシステムは、属人的だった品質評価を定量的かつ効率的に行うことを可能にします。

Cytometaはすでに細胞加工施設や再生医療企業、培養基材メーカーなどの多様な分野で導入されており、さらなる利用の拡大が期待されます。

出典:Cytometa「サービス内容

ケース3:再生医療などで活用される画像解析AI技術

エルピクセル株式会社は、ライフサイエンス領域の画像解析に強みを持つ東京大学発のベンチャー企業です。2017年には経済産業省主催の「ジャパン・ヘルスケアビジネスコンテスト2017」で優秀賞を受賞しました。

エルピクセルはAIを活用した医療画像診断支援技術「EIRL(エイル)」や、クラウド型画像解析プラットフォーム「IMACEL(イマセル)」の開発を行っています。EIRLが目指すのは、画像解析に加え、医療診断に必要なあらゆる情報をより速く効率的かつ正確に診断できる環境の構築です。

2024年9月には、エルピクセルは、ソニー株式会社が有するセルモーションイメージングシステム「SI8000」シリーズの細胞解析ソフトウェアの承継を受けました。

SI8000シリーズの解析ソフトウェアはソニー独自の細胞の動き解析アルゴリズムを搭載しており、この技術がライフサイエンス分野に特化した画像解析AIに強みを持つエルピクセルに承継されることで、エルピクセルの創薬・研究支援事業は一層加速化することが期待されています。

なお、ソニーから承継を受けた後に、エルピクセルが「IMACEL SI8000」という製品名で販売、保守を行っています。

出典:PR TIMES「ソニー株式会社からセルモーションイメージングシステム『SI8000』シリーズ細胞解析ソフトウェアを承継

再生医療×AIにおけるバイオ技術者の必要スキル

再生医療とAI

AIを活用した再生医療に携わりたい場合、どのようなスキルが求められるのでしょうか。
ここでは例として前述した、株式会社Quastellaとエルピクセル株式会社の2つの企業の募集要項を紹介します。

株式会社Quastella

名古屋大学発ベンチャー企業の株式会社Quastellaでは、細胞画像解析を用いた品質管理技術に関するデータサイエンティストを募集しています。
必要スキルなど募集要項の一部は以下のとおりです。

【業務で使用する技術】
・Python

【必須の条件やスキル】
・AI
・Visual Studio
・scikit-learn
・matplotlib
・Pandas
・Numpy

【望ましい条件やスキル】
・画像処理
・OpenCV

エルピクセル株式会社

東京大学発のベンチャー企業のエルピクセル株式会社では、生物画像解析エンジニアを募集しています。
必要スキルなど募集要項の一部は以下のとおりです。

【必須スキル】
・生物学に関する論文の筆頭著者としての作成経験、もしくは生物関係の新規プロジェクト起案およびプロジェクトチームの立ち上げができる方
・生物学的知識・生物学的な実験知識
・画像処理もしくは機械学習を、研究やプロジェクト(の一部)として進めた経験(個人かチームかは問わない)
・細胞の研究実験
・クライアント(主に日本の方)へ技術的な内容を平易な言葉で説明できるコミュニケーション能力
・ビジネスレベルの日本語会話、読み書き能力

【歓迎スキル】
・生物学系の博士またはそれに準ずる経験
・イメージングを用いた研究・解析経験
・深層学習の知見
・医学的な知見

まとめ

再生医療の分野ではAIの活用が進んでいます。AI活用による研究者の負担軽減や作業の再現性向上などは、再生医療のコスト低減などにもつながるとして期待されています。

この分野に携わるバイオ研究者に求められるスキルには、ウェットに加えてドライの知識や経験が求められます。

先端の技術を駆使して未来の医療を切り開くこの分野は、挑戦しがいのある領域です。再生医療×AIという次世代医療の最前線に飛び込んでみませんか?