iPS細胞が切り開く未来!iPS創薬研究の現状とその可能性
iPS細胞は2006年、京都大学の山中伸弥教授らによって世界で初めて作製された人工多能性幹細胞です。
iPS細胞を活用した研究の中でも特に注目されている分野は、ケガや病気により機能障害や機能不全となった臓器などに対して細胞を活用した回復を目指す「再生医療」と、患者の細胞からiPS細胞を作り、その病気を治療するための薬を研究する「iPS創薬」です。
この記事では、バイオ研究者として押さえておきたいiPS創薬に関する概要と今後について探り、さらにiPS創薬分野で働く際の必要スキルなどもあわせて紹介します。
なお、再生医療についてはこちらの記事でまとめているので、気になる方はぜひご覧ください。
日本総合研究所 創発戦略センター コンサルタント「微生物によるバイオプラスチック生産」を対象とした研究開発の経験を活かし、現職では、政府機関・民間企業に対するバイオテクノロジー・バイオマス由来製品の実装に向けた戦略策定支援、カーボンリサイクル/CCU(Carbon Capture and Utilization)技術の実装に向けた産官学連携のコンソーシアムの企画・運営を担当。著書に「図解よくわかる スマート水産業 デジタル技術が切り拓く水産ビジネス(共著)」「図解よくわかる フードテック入門(共著)」(日刊工業新聞社)。
iPS創薬とは
iPS細胞の特徴は、さまざまな細胞に変化する能力とほぼ無限に増殖する能力、さらに誰の細胞からでも作製可能な点です。iPS細胞が持つこれらの特徴から、iPS細胞を利用した新しい創薬開発の可能性が期待されています。
iPS創薬研究のおおまかな流れは以下のとおりです。
1:患者の体細胞からiPS細胞を作製し、そのiPS細胞から病気の標的細胞「疾患モデル細胞」を作製する。
2:作製した疾患モデル細胞を健常な人の細胞と比較して違いを解析し、「治療薬候補」を探索する。
3:臨床試験へと進行する。
iPS創薬研究で期待されていること
・難治性疾患の治療薬開発
治療薬の開発にあたっては、患者の体内で起きていることを調べるために手術により患部の組織を摂取する場合があります。しかし、この手術が理由で病状悪化などを招くリスクも存在します。組織を摂取する代わりにiPS細胞を作製できれば、患者の体に負担をかけることなく、体内で起きていることを再現できるようになります。
・毒性試験の代替
従来より行われている動物を使った毒性試験の代替として、iPS細胞の使用が期待されます。動物実験には倫理的な問題や、動物と人間の違いによる信頼性への不安がありました。しかし、iPS細胞を使用することで倫理面にも配慮でき、より信頼できる試験結果を得られる可能性があります。
iPS創薬における難病治療薬研究3選
日本ではiPS細胞を用いて、難病治療薬を探索する研究が進んでいます。ここでは3つの取り組みを紹介します。
iPS創薬研究ケース1:FOP(進行性骨化性線維異形成症)
FOP(進行性骨化性線維異形成症)とは、全身の筋肉やその周囲のじん帯、腱などに骨組織ができる病気です。著しい運動機能障害をもたらす難病で、外国では200万人に1人程度、国内には80人程度の患者がいるといわれています。本来、骨ができるべきでない部位に骨ができてしまう(異所性骨化)理由については詳しく分かっていません。
京都大学の戸口田淳也教授らのグループは、FOPに対して、iPS細胞を活用した創薬研究を2017年9月より開始しました。
研究の中で、FOPの患者からiPS細胞を作製し、培養皿の中で病気を再現して異所性骨化発生のきっかけとなる物質としてアクチビンAを特定。アクチビンAがどのように異所性骨化を誘導するかを解析することで、mTORというシグナル伝達因子が重要な役割を果たしていることを突き止めたのです。
その結果、mTORの働きを阻害する薬としてラパマイシン(シロリムス)という他の疾患の治療薬として使用されている薬剤がFOPの治療に有効であることが確認されました。
出典:京都大学「iPS創薬に向けた世界初の治験を開始(2017年8月1日)」
iPS創薬研究ケース2:筋萎縮性側索硬化症(ALS)
ALSは1年間で人口10万人当たり平均2.2人がかかる希少疾患で、運動ニューロンが変性して筋萎縮と筋力低下を起こす進行性の疾患です。症状が進むと生命維持に欠かせない呼吸運動が難しくなり、人工呼吸器の装着を迫られます。
発症からの生存期間は平均3~5年、10年後に生存している可能性は10~20%程度といわれます。2020年度の特定医療費(指定難病)医療受給者証所持者数によると、患者数は1万514人と推定されています。
根本的な治療薬が見つかっていないALSに対して、慶応義塾大学発のベンチャー「ケイファーマ」は、iPS細胞を用いたALS治療薬「ロピニエール」の開発を進めています。
ケイファーマは研究段階で家族性ALS患者から採取した細胞をもとにiPS細胞を作製し、そこから運動神経細胞を分化誘導しました。
その運動神経細胞モデルによる既存薬ライブラリーからロピニエールが見出されました。この薬剤は孤発性ALS由来神経細胞モデルで約73%に有効であるという結果が得られ、新たな治療法として期待されています。
出典:ケイファーマ「プレスリリース」
iPS創薬研究ケース3:家族性アルツハイマー病
厚労省が2022年6月に発表した「令和2年(2020)患者調査」によると、継続的に医療を受けているアルツハイマー病の患者数は推定79万4000人。そのうち、遺伝が関係するアルツハイマー病を「家族性アルツハイマー病」と呼んでいます。
家族性アルツハイマー病の特徴として、家族や親戚にもアルツハイマー病を発症している人が多いという傾向があります。また、発症年齢の早さも特徴的で、40~50歳代に発症することも珍しくありません。これは、通常のアルツハイマー病より20年以上早く発症していることを意味します。
京都大学のiPS細胞研究所(CiRA)では、家族性アルツハイマー病に関する創薬研究を行っています。
iPS細胞から家族性アルツハイマー病になった神経の細胞を作製し、その細胞モデルに対してパーキンソン病治療薬として使用される既存薬(ブロモクリプチン)が効果的であることが確認されました。なお、2020年から開始された医師主導治験では、患者たちに副作用はなく、症状の進行を抑える働きが見られたといいます。
出典:iPS細胞研究所(CiRA)「家族性アルツハイマー病患者さんを対象とした医師主導治験(REBRAnD試験結果速報)」
iPS創薬におけるバイオ技術者の必要スキル
ここでは、iPS創薬におけるバイオ技術者の必要スキルの例として、2つの企業の求人内容を紹介します。
株式会社ケイファーマ
株式会社ケイファーマは慶応義塾大学医学部発のベンチャー企業です。
ケイファーマが募集しているiPS創薬に関する募集要項の一部は以下のとおりです。
・各種細胞を用いた低分子化合物スクリーニングや疾患メカニズム解析等、創薬研究の経験者
【応募条件】
・大学院博士課程または修士課程の修了者。大学等の研究機関または製薬企業等で5年以上の細胞培養経験者
リジェネフロ株式会社
リジェネフロ株式会社は京都大学iPS細胞研究所発のベンチャー企業です。
リジェネフロが募集しているiPS創薬に関する募集要項の一部は以下のとおりです。
【必須】
・製薬企業における創薬プロジェクトのマネジメント経験および薬理学の専門性
・製薬企業におけるチームマネジメント、ピープルマネジメントの経験
・英語での社内外パートナーとのプロジェクト推進の経験
【歓迎】
・低分子もしくは細胞療法の創薬プロジェクトを、アイディア出しからINDもしくは開発候補品の創出までリードした経験
・腎臓、肝臓、膵臓領域における薬理学の専門性
・海外における創薬もしくは海外パートナー(製薬企業、大学、CRO)との共同創薬をリードした経験
・iPS細胞を取り扱った経験
・当該領域の博士号
まとめ
iPS細胞を活用した分野では、再生医療と同様に「iPS創薬」が注目されています。
これまで根治的治療が難しいとされてきた難治性疾患などに対して、新たなアプローチを試みる研究が行われ、市場においても今後の成長が期待される分野です。
最前線のiPS創薬分野での研究は新たなアプローチとして注目されており、この分野で働くことはバイオ研究者として社会貢献度も高く、大きな意義があります。