
「再生医療」の最新研究4選を紹介!
再生医療は人体の「再生する力」を活かして、病気やけがで機能不全になった組織や臓器の再生をはかる治療方法です。現代医療の進歩は目覚ましいですが、根治が難しい疾患も多く存在します。再生医療は、そうした難病治療に対する新たなアプローチとして期待されています。
さまざまな分野で応用され、日々研究が進められている再生医療。市場規模は2024年に386億5,000万米ドル(約5.9兆円)へ到達し、2029年には1,157億5,000万米ドル(約17.7兆円)になると予想されるなど、大幅な成長が見込まれています。
この記事では、成長が著しい再生医療に関する最新の研究の中から4つを選んで紹介します。
監修者プロフィール
日本総合研究所 創発戦略センター コンサルタント「微生物によるバイオプラスチック生産」を対象とした研究開発の経験を活かし、現職では、政府機関・民間企業に対するバイオテクノロジー・バイオマス由来製品の実装に向けた戦略策定支援、カーボンリサイクル/CCU(Carbon Capture and Utilization)技術の実装に向けた産官学連携のコンソーシアムの企画・運営を担当。著書に「図解よくわかる スマート水産業 デジタル技術が切り拓く水産ビジネス(共著)」「図解よくわかる フードテック入門(共著)」(日刊工業新聞社)。

Case1:iPS細胞を活用した新たな個別化がん治療方法
2024年4月、国立大学法人京都大学iPS細胞研究所(CiRA)は、パナソニックホールディングス株式会社、シノビ・セラピューティクス株式会社と共同開発契約を締結。iPS細胞を活用した新たながん治療方法の確立と普及を目指す、「My T-Serverプロジェクト」の発足を発表しました。
研究の概要
このプロジェクトは、がんの新たな治療方法として「個別化移植」の開発に取り組みます。「個別化移植」とは、がん患者自身が保有しているがん細胞を攻撃する「T細胞」を取り出し、その中にあるT細胞受容体(がんを認識するセンサーの遺伝子情報)をiPS細胞に導入して大量に増やしたT細胞を患者へ移植するアプローチです。
iPS細胞からがんを狙うセンサーを持つT細胞を大量生産することで、一人ひとりの患者に個別化されたがん免疫細胞治療を繰り返し行えるようになるのが特長です。
「My T-Serverプロジェクト」では、T細胞の再生までのプロセスの処理を実行する専用機器「My T-Server」を開発し、施設・機器の小型化および低コスト化、治療期間の縮小を目指しています。
また、将来的には一般的なクリニックでの導入を目標に、省力化などした製品の提供にも取り組むと言います。患者自身のiPS細胞から必要な組織や細胞を作り、安価に個別化治療を実現する体制を築き、再生医療社会の創出を目指す取り組みをしています。
参考:京都大学 金子新研究室「プレスリリース:My-T-server プロジェクト発足, -がん治療領域で、夢の医療を実現する-」
バイオ研究者に関する求人やスキル
このプロジェクトに参画している京都大学iPS細胞研究所(CiRA)の金子研究室の特定研究員の募集要項によると以下のとおりです。
・主任研究者の指導の下、iPS細胞由来のT細胞を用いたがんや感染症、免疫関連疾患治療の基礎研究、また主にがん治療に関する成果の臨床応用研究業務を行う
・本職務を担当する特定研究員には「科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律」が適用される
【必須の応募資格】
・医歯薬理工学系博士の学位を有し、担当職務に関し、本研究所の特定研究員としてふさわしい業績・研究能力、プレゼンテーション能力などを有すること
・チームで研究を進めていくための協調性を有すること
【望ましい応募資格】
・T細胞の培養、レセプター遺伝子改変、免疫学的アッセイ、動物実験についての知識と経験を有すること
・T細胞の生物学、遺伝子工学、治療学などについての筆頭英文論文を有すること
出典:CiRA Recruitment「iPS細胞研究所 増殖分化機構研究部門 金子研究室 特定研究員 募集要項 」
Case2:3Dバイオプリンティング技術との融合による膝関節疾患に対する再生医療
2024年4月、外国為替証拠金取引などの事業を展開するトレイダーズホールディングス株式会社は、CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)ファンドを通じ、iPS細胞による膝軟骨再生医療の研究開発を行う「株式会社Arktus Therapeutics(アルクタス セラピューティクス)」へ出資することを発表しました。
2023年7月に設立されたArktus社は、iPS細胞研究の先駆者である京都大学の知見と佐賀大学の先端的バイオ3Dプリント技術を融合させたベンチャー企業です。変形性膝関節症などを対象とした再生医療技術の実用化を目指しています。
研究の概要
Arktus社は、iPS細胞由来の軟骨インプラントにより、健康寿命やアスリート寿命の延伸などに取り組んでいます。Arktus社の研究を支えているのは、以下2つのコア技術です。
<コア技術1>
iPS細胞から神経堤細胞を経由して間葉系幹細胞に誘導し、大量に質のよい間葉系幹細胞(MSC)を得る技術です。京都大学iPS研究所 池谷研究室で確立された技術であり、安価に、かつ安定して大量のMSCを得ることが可能で、製品の量産化にも適していると言います。
<コア技術2>
バイオ3Dプリンタを用いて組織立体化を実現する技術です。佐賀大学医学部附属再生医学研究センターの中山研究室で確立された技術であり、コア技術1で得たMSCから軟骨細胞を誘導し、熟成工程を経て3D造型を施した軟骨インプラントを作成します。
参考:株式会社Arktus Therapeutics「Technology」
バイオ研究者に関する求人やスキル
以下の求人は既に終了していますが、研究員または実験助手を募集する際に必要な学歴と経験は、以下の記載が確認できました。
・iPS細胞を用いた細胞培養や組織誘導の実験および研究開発
【応募に必要な学歴・学位】
・学士、ライフサイエンス系の専門学校/大学を卒業された方
【業務における経験】
・動物培養細胞の無菌操作経験者・細胞製造施設での製造経験者
【説明】
・日本語でコミュニケーションの取れる方、日本語の手順書・記録書を作成できる方
出典:JREC-IN Portal「求人公募情報閲覧」
Case3:iPS網膜の移植による視力回復治療
神戸アイセンター病院は、2017年12月に「神戸市立医療センター中央市民病院眼科」と「先端医療センター病院眼科」の統合によって誕生した眼科専門病院です。
iPS細胞の実用化に向けた取り組みも行われており、網膜色素変性症が原因で網膜の機能を失った患者の視機能再生を目指した臨床研究が進められています。
研究の概要
2014年、前身の「先端医療センター病院眼科」は、本人の細胞から作成したiPS細胞由来のRPE(網膜色素上皮)細胞を1名に移植し、さらに2017年には免疫型がマッチした他人のiPS細胞由来のRPE細胞を5名に移植しました。
これらの治療を受けた方に重大な合併症はなく、また他人の細胞を移植することによる免疫拒絶反応についても安全性が確認され、視力が保たれることがわかったと言います。神戸アイセンター病院では、これまでの研究実績を基盤として、以下の臨床研究に取り組んでいます。
1.網膜色素変性症に対する同種(ヒト)iPS細胞由来網膜シート移植に関する臨床研究
網膜色素変性症は、遺伝子変異を原因として網膜の視細胞が失われていく進行性の難病です。成人の視覚障害原因疾患としては緑内障、糖尿病網膜症に次いで3番目に多いものの、確立された治療法がないことから、iPS細胞から作製した網膜を移植して視機能を回復させる新しい治療法の開発を目指しています。
2.網膜色素上皮(RPE)不全症に対する同種iPS細胞由来RPE細胞凝集紐移植
この研究は網膜色素上皮(RPE)不全症に含まれる病気のうち、どの病気にRPE細胞移植の効果が期待できるかを調べること、移植の効果を調べるために行う検査方法について評価することを目的としています。
参考:神戸アイセンター病院「iPS細胞の実用化に向けた取り組み」
バイオ研究者に関する求人やスキル
神戸アイセンター病院では研究センターを設置し、大学院医学研究系博士課程に在籍する大学院生を連携大学院生(客員研究員)として受け入れる制度を設けています。
また、研究実習生(インターン)の受け入れも積極的に行っており、見学も随時可能とのことです。必要スキルなどの詳細は、直接問い合わせて確認するようです。
出典:神戸アイセンター病院「研究センター」
Case4:ヒトiPS細胞由来の肝臓オルガノイド移植による新たな肝線維化治療法
東京大学医科学研究所再生医学分野の谷口英樹教授、横浜市立大学医学部臓器再生医学の田所友美助教らの研究グループは、ヒトiPS細胞由来の肝臓オルガノイド移植による新たな肝線維化(肝硬変)の治療法開発に成功したことを2024年7月に発表しました。
肝硬変は全世界で5,000万人以上の罹患者が存在しますが、いまだ有効な治療法が確立されていません。そのため有効な治療法の開発が急務となっており、今回の研究成果の臨床応用による新規治療法の確立が期待されています。
研究の概要
ヒトiPS細胞由来の肝臓オルガノイドを移植することで肝臓の線維化と密接に関わる肝臓の炎症反応を人為的に制御し、炎症が抑制された状態を誘導できることを示した画期的な研究成果といえます。
今回の研究は、従来の再生医療の「細胞・臓器の機能補助」とは異なった革新的な治療コンセプトと治療戦略を提示しており、難治性疾患に対する新規治療の可能性が見込まれます。
参考:横浜市立大学「ヒトiPS細胞由来の肝臓オルガノイド移植による 革新的な肝線維化治療法の開発ー肝硬変に対する免疫制御を介した新規治療法ー」
バイオ研究者に関する求人やスキル
東京大学医科学研究所 幹細胞治療研究センター 再生医学分野では、特任研究員を募集しています。募集要項によると以下のとおりです。
・ヒト軟骨前駆細胞およびヒトiPS細胞などの維持培養・分化誘導培養・特性評価など
・ヒト軟骨前駆細胞およびヒトiPS細胞などを用いた再生医療等製品のCPC製造およびSOP等の関連文章作成など
・臨床試験に向けた特定認定再生医療等委員会およびPMDAへの対応業務など
・研究推進等に関連する書類・資料作成など
・変更の範囲:配置換、兼務および出向を命じる場合もある
【応募資格】
・ヒト細胞の維持培養・分化誘導培養・特性評価の技術を有する方(細胞種は問わない)
・博士号を有する方、もしくは修士号を有しヒト細胞を用いた再生医療開発経験のある方
出典:東京大学医科学研究所「東京大学医科学研究所 特任研究員(特定有期雇用教職員) 募集要項」
まとめ
今回は4つの研究を紹介しましたが、ほかにもさまざまな分野で再生医療を用いた研究が行われています。
期待が集まる再生医療においては、再生医療に取り組むバイオベンチャーと企業との共同開発や、企業がバイオベンチャーへ出資して研究を進めるケースもあります。また、従来とは異なる新しいアプローチにより難病治療に取り組むなど、これまで治療が困難とされてきた疾患への希望を提供する可能性があります。
このように、バイオ研究者にとって再生医療の領域は非常にやりがいのある分野といえるでしょう。