バイオセンサーの原理とこれからの進化!新型コロナウイルス検出以外の発展性とは

コロナ禍で多くの人が経験したと思われる「抗原検査」。新型コロナウイルス感染症を検知できることから、一般の人々にも広く知れ渡りました。実は「抗原抗体反応を利用した対象物質を検出する仕組み」にもバイオの力が活用されており、その技術が「バイオセンサー」です。

抗体などの生物学的な素材を用いて対象となる物質を検出する装置は、新型コロナウイルスの検査以外にもさまざまな可能性を秘めています。バイオセンサーの原理と今後の発展性に迫ります。

監修者プロフィール

福山篤史氏
日本総合研究所 創発戦略センター コンサルタント「微生物によるバイオプラスチック生産」を対象とした研究開発の経験を活かし、現職では、政府機関・民間企業に対するバイオテクノロジー・バイオマス由来製品の実装に向けた戦略策定支援、カーボンリサイクル/CCU(Carbon Capture and Utilization)技術の実装に向けた産官学連携のコンソーシアムの企画・運営を担当。著書に「図解よくわかる スマート水産業 デジタル技術が切り拓く水産ビジネス(共著)」「図解よくわかる フードテック入門(共著)」(日刊工業新聞社)。
福山篤史氏

バイオセンサーは「物質識別能力」を用いた検知方法

電気

生物は優れた「物質識別能力」を有しています。物質識別能力とは体内に入った物資が自らにとって有益か否かを察知する機能です。その性質と「熱、光、放射線、電気、イオン、力、振動などを数値化するセンサー(検知器)」の役割を掛け合わせ、特定の成分を検出・定量を行うこと、またその測定装置のことを「バイオセンサー」と言います。

生物学的な素材(酵素や微生物、抗体、核酸など)を用いて対象となる物質を検出し、電気学や光学的なトランデューサ―(変換器)によって信号化し、定量的な検出を実現します。

バイオセンサーは日本語で「生物化学検知器」とも呼ばれています。

バイオ(生物学)+エレクトロニクス(電子工学)の融合

バイオセンサーは「バイオ(生物学)」と「エレクトロニクス(電子工学)」の融合による新技術です。検知する部位にはバイオテクノロジーが活かされており、それこそがまさに「生物由来のセンサー」と呼ばれる所以です。

検出された生物学的な素材は「トランスデューサー」と呼ばれるトランジスタや微小電極などのマイクロ電子デバイスの表面に固定されます。トランスデューサーは物理的または化学的変化を電気信号に変化させ、バイオセンサーの電子機器によって測定可能な出力に変換されます。

バイオセンサーの活用は従来の分析方法に比べて多くの利点があります。ここでは2つ紹介します。

一つ目は、最大の特徴は従来の分析方法では数時間または数日かかるところを、バイオセンサーでは数秒または数分で分析可能な点です。

二つ目は、出力されたデータの継続的なモニタリングや、データをコンピューターに送信することで分析を実現する点です。さらに大量に使用する場合には、従来の分析方法よりもコストを抑えられる点も魅力と言えるでしょう。

バイオセンサーでは生物の物質識別能力を活かして検知し、電子的なテクノロジーで数値を検出できるため、臨床診断、創薬、食品分析、環境調査など幅広い分野での応用が期待されています。研究段階も含めると以下のとおりです。

バイオセンサ分析PC
バイオセンサ分析SP

また、京セラ株式会社は東京工業大学と共同開発し、AI活用によりバイオセンサーの開発期間の大幅短縮と、より精度の高いバイオセンサーの設計を可能にした事例などもあります。 バイオセンサーの活用に対する期待が伺えます。

参考:京セラコーポレーション「体の小さなサインを見逃さない~バイオセンサの開発

一般的なのは新型コロナウイルス感染症の抗原検査

バイオセンサーの特長を活用した最たる例は、新型コロナウイルスの抗原検査です。

体内にウイルスや病原菌などの抗原が入ってきた際には、生物的な機能としてそれを倒すための抗体が作られます。抗原を認識する抗体の機能をセンサーとして用いることで新型コロナウイルスを検出できるという仕組みです。

抗原検査のキットには、人工的に作った抗体が入っています。唾液や鼻腔から試料を採取して検査キットに入れて、抗体と採取した試料の中の抗原が結合するか否かで判断します。

コロナ禍において抗原検査は「小型な検出器で導入しやすい」「誰でも使える」「すぐに結果が出る」「変異種にも対応できる」などのメリットがあり、広く利用されました。

バイオセンサーの仕組みと実現できること

人間の日常生活にはあらゆるセンサーが活用されており、自動ドアや電子レンジ、冷蔵庫などが例として挙げられます。

これらの「センサー(検知器)」は、測定・検出する物体や使用環境、設定条件などに合わせて、光電センサー、レーザーセンサー、超音波センサー、画像センサーなど、さまざまな種類 が挙げられます。

バイオセンサーが通常のセンサーと異なるのは、 生体分子(物質)を識別できる分析装置である点です。

バイオセンサーの原理や仕組みを整理しつつ、その技術を駆使して応用できる分野について紹介します。

青いセンサー

バイオセンサーの構成要素は大きく3つに分類される

バイオセンサーが優れている点は、従来までは複数の機器を用いて段階的に行われていた作業を、1つの装置で統合して行える点です。

バイオセンサーの構成は、大きく「バイオレセプター(Bioreceptor)」、「トランスデューサー(Transducer)」、「アンプリファイアー(Amplifier)」の3つに分類されます。

以下、一つずつ解説します。

徳田崇「バイオチップ・バイオセンサ」映像情報メディア学会誌Vol.62,No.3 p330

出典:徳田崇「バイオチップ・バイオセンサ」映像情報メディア学会誌Vol.62,No.3 p330

バイオレセプター
標的となる物質を認識する生物学的な素材を指します。用いられる生物学的素材は、抗体、酵素、細胞、核酸、アプタマーなどです。

トランスデューサー
トランスデューサ―とは、変換器を指します。バイオセンサーでは、生体認識した信号を測定可能な光学的信号や電気化学信号に変換します。得られた信号を処理することで、対象物質の量や濃度を計算できます。そのため、トランスデューサーで重要なことは、分析物に対してバイオレセプターが相互作用した量と、出力される光学的または電気的な信号が比例関係にあることです。

アンプリファイアー
アンプリファイアーは、トランスデューサーにより変換された信号を処理し、数値化した情報を表示します。アンプリファイアーで重要なポイントは、測定者が容易に結果を判別できるように数値やグラフなどを用いて分かりやすく表示することです。

バイオセンサーの用途や浸透が期待される分野

バイオセンサーの用途は幅広く、医療・ヘルスケアだけでなく、環境モニタリング、食品・農業分野など、さまざまな応用分野が期待されています。

例えば、医療・ヘルスケア分野の応用例は「がんマーカー」です。がんマーカーとは、がん細胞がつくり出す特殊な物質のことで、がんを発症すると血液や排泄物の中に放出されます。このがんマーカーをバイオセンサーで検出し、可視化すれば自宅でもがんの有無や進行状況をモニタリング可能です。

医療分野での別の応用例として「血糖値センサー」もあります。血糖値センサーでは、ブドウ糖とだけ反応する酵素が利用されています。血液を一滴センサーにつけ、酵素がどのくらい反応したかを電流に変換し、数値化する仕組みです。

こうしたデータはコンピューターに出力してデータベース化した分析が可能で、モデルを構築し、ヘルステック分野にも応用ができます。

人間だけでなく、ペット医療についてもバイオセンサーの活用は可能です。ペットは人間のように症状を言葉で訴えることはできません。そのため、具合が悪そうに見えても、原因が分からず、適切な治療を施せないことがあります。バイオセンサーを活用することで、ペットの体液の中に含まれている成分と病気の因果関係を特定できれば、早期治療が可能になり、治療コストの削減やペットのQOL向上につながります。

環境モニタリングに関しても原理は同じです。河川や土壌、大気中に含まれる重金属や農薬、病原ウイルスや病原微生物などを検知対象として設定し、バイオセンサーによって検出します。ナノ材料や酵素タンパク質の反応、微生物の代謝活性に対する標的物質の影響をデジタル信号に変換して可視化し、常時モニタリングします。

さらには、農業分野でICT技術を活用する「アグリテック分野」にも応用可能です。例えば、2つの農作地を比較し、作物の生育において明らかな差があるとします。従来はその原因を知るには熟練者の経験や勘に頼るしかありませんでした。しかし、バイオセンサーを使用すれば、土壌の中に含まれる化学物質のうち、どの化学物質が生育に作用しているかの特定が可能になります。

バイオセンサーの将来性と近未来での活用法

すでに新型コロナウイルスの抗原検査、がんマーカー、血糖値センサーなど医療・ヘルスケアを筆頭にさまざまな分野で活用・応用されているバイオセンサーですが、今後はどんな発展が期待できるのでしょうか。バイオセンサーの将来性と数年先の活用法について考察します。

バイオセンサーの将来性と数年先の活用法についての考察

バイオセンサー技術市場は2032年には約540億ドルに成長

アメリカの市場調査会社KD Market Insightsの「バイオセンサー技術市場の調査」によると、バイオセンサー技術の市場規模は2032年末までに約540億米ドル(約8兆5千億円)に達し、2024年から2032年の予測期間中は年平均成長率8%になると試算しています。この数字からもバイオセンサーに対する市場のニーズは、これから右肩上がりに高まることが想定されます。

今後も高い成長率が見込まれる理由には、バイオセンサーがヘルスケア、環境モニタリング、農業などさまざまな分野において多様な用途で活用できる可能性があるからです。また、「ナノテクノロジー」「バイオテクノロジー」「エレクトロニクス」の技術的進歩も市場拡大を後押ししています。

ウェアラブルなどIoT技術と連携した未来のバイオセンサー

さまざまなモノ(家電製品や車、建物など)とインターネットをつなぐ技術「IoT」を活用したシステムを「IoTシステム」と言います。

政府はIoTシステムやバイオテクノロジー、センサーを活用して、サイバー空間と現実社会が高度に融合した「超スマート社会」を未来の姿として共有し、その実現に向けた一連の取り組みを「Society5.0」として積極的に推進。

内閣府は「超スマート社会」を以下のように定義しています。

必要なもの・サービスを、必要な人に、必要な時に、必要なだけ提供し、社会の様々なニーズにきめ細やかに対応でき、あらゆる人が質の高いサービスを受けられ、年齢、性別、地域、言語といったさまざまな違いを乗り越え、活き活きと快適に暮らすことができる社会

出典:内閣府「第5期科学技術基本計画の概要

「超スマート社会」を実現するためにはデジタルヘルスの一環として、身体装着型(ウェアラブル)バイオセンサーがIoT技術と連携して伸張することが予測されます。

ウェアラブルセンサーというと、腕時計型のスマートウォッチなど が知られていますが、ほかにもコンタクトレンズ型、マウスピース型、人工皮膚型、体内埋め込み型(インプランタブルセンサー)、飲み込み型(カプセル型)など、測定の対象となる健康指標成分に合わせてさまざまなタイプのセンサーが開発されています。

バイオセンサーにより収集された情報をビッグデータとしてAI(人工知能)で解析し、ヘルスケアに活用すれば、健康寿命を延伸し、快適で活力に満ちた質の高い生活を送ることにつながるはずです。

受託検査などバイオ研究者の仕事の幅の広がりにも期待

ウェアラブルバイオセンサーなど新たな領域の発展に伴い、バイオ研究者においても就職領域の選択肢の広がりが期待されます。

また、今後も新種のウイルスや病原体が猛威を振るった際には、バイオ研究者の知見やバイオテクノロジーを活かした抗体検査などが行われるでしょう。人類が生きる上では、そうしたウイルスの危機と向き合う必要があり、そうした分野にバイオ研究者の就職の需要も生まれていくと予測されます。

バイオ関連の職種を検討する際には、バイオセンサーを活かした職域の幅の広がりの動向についても注視すると良いでしょう。

バイオセンサーは発展可能性が高い領域でバイオ研究者にとっても注目

【バイオセンサー ウイルス 検査のまとめ】

・バイオセンサーは、バイオ(生物学)+エレクトロニクス(電子工学)の技術融合
・複数の段階・機器で実施される測定検査を一つに集約できる
・バイオセンサーの市場規模も技術力もさらに成長する見込み

新型コロナウイルスの抗原検査により、バイオセンサーは一般の人々にも広く知られるようになりました。

バイオセンサーの技術は、日本政府が目指す「超スマート社会」においても重要なテクノロジーとして注目されています。

バイオセンサーは生物学と電子工学が融合した新たな技術であり、医療や環境、食品、アグリテックなど、幅広い分野への活用が期待されることから、バイオ研究者の就職市場にも大きな影響を与えることが予想されます。

バイオセンサー技術市場の今後の動向と求人について注視すべきでしょう。