IT技術者からの転身も増加?バイオインフォマティシャンの採用のトレンド

生物学と情報学の2つの専門領域を司る「バイオインフォマティシャン」という職種。

今後の社会発展に大きく寄与する可能性を秘めた職種ではあるものの、従来は生物関連の研究をしつつ、プログラミングなどの知見も有したごく少数の人材だけが担えるポジションだと考えられていました。

しかし、近年はバイオ領域のみならず、IT領域からもバイオインフォマティシャンへの転職が注目されている傾向にあります。バイオインフォマティシャンを取り巻く採用のトレンドについて詳しく解説します。

監修者プロフィール

福山篤史氏
日本総合研究所 創発戦略センター コンサルタント「微生物によるバイオプラスチック生産」を対象とした研究開発の経験を活かし、現職では、政府機関・民間企業に対するバイオテクノロジー・バイオマス由来製品の実装に向けた戦略策定支援、カーボンリサイクル/CCU(Carbon Capture and Utilization)技術の実装に向けた産官学連携のコンソーシアムの企画・運営を担当。著書に「図解よくわかる スマート水産業 デジタル技術が切り拓く水産ビジネス(共著)」「図解よくわかる フードテック入門(共著)」(日刊工業新聞社)。
福山篤史氏

これまでのバイオインフォマティシャン採用の傾向

IT領域

そもそもバイオ業界は、就職の間口が狭いことで有名です。大学や大学院で熱心に研究をしてきた学生たちでも「希望どおりの就職先をなかなか見つけることができない」「条件の良い仕事に就けない」という就職難の状況も珍しくありません。

そんな中、バイオインフォマティシャンはいわゆるWetとDryの両方の知見を持ち合わせることが求められる職種だと言えます。そうしたバイオの研究職ながら、プログラミング関連の知識が求められるバイオインフォマティシャンですが、従来の採用においてはどんな傾向があるのでしょうか。

Wet系→Dry系への転職というトレンド

これまでのバイオ領域での就職のメインは、現場の最前線で実験を繰り返して自身の研究における領域のデータやサンプルを検出する「Wet系」のポジションでした。

Wet系がバイオ研究の王道だった中、2000年以降活発になったヒトゲノム計画により、「バイオインフォマティクス」という新たな学問が生まれ、コンピューターを使った解析や実験をする「Dry系」の領域が注目され始めました。

生命現象はいわば膨大なデータの集合体です。DNA、たんぱく質、mRNA、エピゲノム(どの遺伝子を使う・使わないかを制御する仕組み)など生命は常にビッグデータを生み出しています。

技術の進化によって、これら生命現象が生み出すビッグデータを解析する精度は格段に向上しました。例えば、シングルセルゲノミクス(1つの細胞の持つゲノムを調べる実験手法)や空間オミクス(組織中の場所と対応した生物学的データを取得する手法)、脳科学の計測技術の進歩などが挙げられます。

加えて、データ解析の速度は飛躍的にスピードアップしています。2003年に完了した「ヒトゲノム計画」では、人間の全遺伝子の解析に約13年もの月日がかかりましたが、次世代シーケンサー(NGS)の登場などにより、解析に要する期間は約1日までに短縮。さらに、解析コストも約300億円ものコストから、2021年には約10万円まで下がりました。

このように生物学と情報学が融合したバイオインフォマティクスは飛躍的な発展を遂げ、今後のバイオ研究においてもはや欠かせない領域です。ITやAIなどのテクノロジーが発展したことにより、人力ですべての分析や検証を行う必要がなくなり、プログラミングを駆使して、情報の処理やクレンジングを迅速かつ正確に自動でできるようになりました。こうしてデジタルを活用したDry系職種がより存在感を示すようになってきました。

Dry系職種の代表格がバイオインフォマティシャン

生物学と情報学を組み合わせたバイオインフォマティクスがDry系の代表格になりつつあるものの、その分野に精通している人材は、未だに稀有である点が特徴です。

もともと専門性の高いバイオの知見を持ちつつ、最新のデジタル領域を使いこなせる人材は全国的にみても多くありません。

そのため、求人の需要が増えているにもかかわらず、人材の供給が追いつかない状況が続いています。バイオインフォマティシャンの人材育成は、もはや国を挙げての課題です。

このような背景から、Wet系→Dry系の転身においてバイオインフォマティシャンは注目の的です。実際にプログラミングなどバイオインフォマティシャンの必要領域を学び始めるバイオ人材は増えており、2022年のバイオインフォマティクス技術者認定試験では515名が受験しています。

IT技術者から注目度が高まるバイオインフォマティシャン

プログラミングをする人

Wet領域に従事していた研究者がプログラミングを学んでDry系に転職するケースもありますが、本格的にバイオインフォマティシャンになることを目指し、情報学の領域を学び取るのには一定程度の時間がかかります。そのため、デジタルに詳しい人材を求める企業やアカデミアが目を付け始めたのがIT技術者です。近年はIT領域からバイオインフォマティシャンへの転職も増えてきています。

データの源泉である「バイオは新しいデジタル」

「バイオは新しいデジタル(Bio is the new digital !)」とは、MITメディアラボ(米国マサチューセッツ工科大学 建築・計画スクール内に設置された研究所)の創設者であるニコラス・ネグロポンテ教授が語った言葉です。

ネグロポンテ教授はかつてデジタル技術が社会に与えるインパクトについて予言しましたが、彼はこの言葉によって、今後世界に変革をもたらす原動力が「バイオテクノロジー」だと明言しました。

従来の生物学は自然を観察し、分析し、模倣するまでが限界と考えられていた面がありましたが、バイオテクノロジーによって、人類は自然に働きかけ、自然そのものに変化をもたらすほどに領域における研究が進んでいます。日進月歩で解明されているとはいえ、生命領域のデータはまだまだ未知の部分が多く、今後も知識の応用が求められていくでしょう。

IT技術者がデジタル領域で活躍してきたように、今後はバイオという新しいフィールドで、生命現象というデータを扱うことが期待されています。

情報学に精通したバイオ研究者が少ない現状

IT領域からバイオインフォマティクスへ人材の流入が目立ってきている背景として、バイオ領域の人材で情報学に精通した人がまだまだ少ない点が挙げられます。

一口に情報学と言ってもカバーする分野は幅広く、LinuxやPythonの環境構築をして、情報解析の準備をしたり、PythonやRのようなデータサイエンスに適した言語を取得したり、効率的なデータ処置とアルゴリズム設計を行ったりする必要があります。

さらに、情報学に含まれる統計学やデータ解析、機械学習などに関しては常に新しい技術が登場してくるので、継続した学習やトレンドのキャッチアップが必要です。

もちろん、バイオ知識を有しながらプログラミングなどにも精通したDry系人材も存在しますが、現状ではかなり稀少だと言えます。

このような背景から、IT企業のソフトウェアエンジニアなど、IT領域からバイオインフォマティクスに参入する人たちや、ITの知見がある人材を迎え入れようとする企業やアカデミアが増えてきている現状があります。

成長産業であるバイオはIT技術者にとっても魅力的

IT技術者が主戦場とするデジタル産業は成長産業であることは間違いありません。

2023年12月、電子情報技術産業協会が「デジタル産業の世界の市場規模は2024年に過去最高の3兆6868億ドル(約528兆円)になる見通し」だと発表しました。これには、生成AI(人工知能)の普及などが追い風になっていると言われています。

バイオ業界においてはITの知見や技術が重宝されるため、バイオインフォマティシャンに転身することは1つの選択肢と考えられます。実際、前述した「バイオは新しいデジタル」という言葉に示されているとおり、バイオはデジタルの先にある最先端の成長産業とも言われ、その領域に無限の可能性を感じるIT技術者も少なくないでしょう。

ただし、バイオインフォマティシャンの領域が必ずしも安泰であるとは限りません。なぜなら競合が多いレッドオーシャンだからです。そのため、研究成果を巡って常に熾烈な競争を強いられる点は避けられないでしょう。

バイオインフォマティシャンに求められる知見とは

バランス

IT技術者からバイオインフォマティシャンへの転職が増えてきているとはいえ、ITに精通する全ての人材がバイオ領域に適応できるわけではありません。なぜなら生物学の基礎知識の習得もまた、一朝一夕にはいかないからです。

バイオ領域、IT領域の両分野の知見や技術をバランス良く持ち合わせていることが、バイオインフォマティシャンとして活躍するうえで求められる素養と言えるでしょう。

Wet系からDry系に転向するバイオ研究者としても、改めてバイオインフォマティシャンが備えておきたい知見や技術を身につけることが重要です。

生物学における基礎知識

バイオインフォマティシャンが活躍するフィールドは生物科学がベースとなります。当然ながら、IT関連の知見にいくら優れていても、各データが何を表しているのかを解き明かすためには生物学における基礎知識が不可欠です。

例えば、DNA、RNA、タンパク質の基本的な概念な機能について扱う分子生物学や、遺伝子の働き、遺伝的変異、遺伝子発現の理解に関する遺伝学などの基礎を押さえることは重要になります。

分子生物学は、人間の生理的作用や病気のメカニズムがゲノムとどう関係しているかを解き明かす学問です。分子生物学を学ぶことで、遺伝子変異によって生じるさまざまな疾患の発症の仕組みや、疾患に対する診断・治療法の応用への理解につながるでしょう。分子生物学は、創薬分野で活躍したいと思っているIT技術者にとっては不可欠な学問と言えます。

プログラミングとデータサイエンス

生物学領域の基礎に加え、必要とされるのがいわゆる情報学領域の応用です。プログラミングとデータサイエンスは、バイオインフォマティクスの中核を担う部分となるため、持ち合わせるべきスキルセットを整理しておくとよいでしょう。

どの程度の知識が求められるかについて参考になるのが、特殊非営利活動法人 日本バイオインフォマティクス学会が実施している「バイオインフォマティクス技術者認定試験」が明らかにしている「情報科学分野」に関する出題範囲です。

情報科学分野に関する出題範囲
情報科学分野に関する出題範囲

出典:特殊非営利活動法人 日本バイオインフォマティクス学会「バイオインフォマティクス技術者認定試験出題範囲

また、バイオインフォマティシャンの仕事は生命科学、データ分析の両方に渡るため、各分野の専門家との共同研究やコラボレーションの機会が開かれます。

例えば、共同で生物学的測定技術を開発する、最新の空間オミクスやシングルセルオミクスなどの手法を使用する、新しいプログラミング技術やアルゴリズムを開発するなどの機会が得られます。

生命科学や臨床医学などの専門家と連携することもあるため、ディスカッションする際には高いコミュニケーションスキルも必要になるでしょう。

最新のテクノロジーを駆使した統計学・データ解析

IT領域のテクノロジーが急速な発展を続けているだけに、バイオ領域でもそうした最先端の技術や知識を導入できるのが理想です。

最先端技術となる生成AIの活用は、バイオインフォマティクスでも有用であると言えます。一方、発展中の技術となるため、生成AI活用における課題や取り決めなどについては日々議論されている状況です。バイオインフォマティクスでの生成AIの活用について、今後の動向が注目されます。

このように、バイオ領域・IT領域と出身を問わず、最新のテクノロジーにキャッチアップし精通し続けることは非常に重要であり、バイオインフォマティシャンとして不可欠な要素と言えるでしょう。

IT領域・バイオ領域問わず、知見の研鑽が必要

【IT 転職 バイオインフォマティシャンのまとめ】
・バイオインフォマティシャンの人材の需要が増大中
・IT技術者とバイオインフォマティシャンは親和性が高い
・IT領域・バイオ領域問わず、知見の研鑽が常に必要

生物学と情報学を融合したバイオインフォマティクスの需要は、今後もますます増大するでしょう。

そのニーズに適合するバイオインフォマティシャンはさらに必要とされることが予測され、Dry系、Wet系問わず、人材の流動が進むはずです。

また、「バイオは新しいデジタル」という言葉が示すとおり、バイオインフォマティシャンはIT技術者との親和性が高いため、今後、IT領域からの転職者も増える可能性もあります。

この分野での活躍を望むなら、生物学、プログラミング、データサイエンスに関する幅広い知見が求められるのみならず、最新のテクノロジーへの好奇心をもって学び、今後の情勢などについてもキャッチアップしていく姿勢が欠かせません。

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