ウェット(Wet)とドライ(Dry)の融合がバイオインフォマティクスにおける最適解?

バイオ研究者の中には、自身の研究スタイルにおいて生物学的実験(ウェット/Wet)かコンピュータ解析(ドライ/Dry)かの選択に迫られた経験を持っている方もいるでしょう。

近年はテクノロジーの発展からドライ型の研究が脚光を浴びており、バイオインフォマティクス(情報生命科学)領域に長けた人材の求人ニーズも高まっています。

バイオインフォマティクスが伸長する現状を考えると、バイオ研究者にドライ思考は不可欠と言えるでしょう。これからのバイオ系研究のトレンドはどうなっていくのでしょうか。

監修者プロフィール

福山篤史氏
日本総合研究所 創発戦略センター コンサルタント「微生物によるバイオプラスチック生産」を対象とした研究開発の経験を活かし、現職では、政府機関・民間企業に対するバイオテクノロジー・バイオマス由来製品の実装に向けた戦略策定支援、カーボンリサイクル/CCU(Carbon Capture and Utilization)技術の実装に向けた産官学連携のコンソーシアムの企画・運営を担当。著書に「図解よくわかる スマート水産業 デジタル技術が切り拓く水産ビジネス(共著)」「図解よくわかる フードテック入門(共著)」(日刊工業新聞社)。
福山篤史氏

研究者のスタイルはウェットとドライに分類される

バイオ研究を志す方にとってウェットとドライの考え方は基本であり、自身がどちらを志向しているか明確な方もいるでしょう。しかし、それぞれの領域で「何に根差し、どんなスタイルで日々の研究に向き合っているのか」をよく知らないというケースもあるはずです。

ウェット・ドライの基本について具体例を挙げながら、研究内容や研究スタイル、ラボの違いを簡単に比較します。

ウェット/Wetは丹念な生命科学実験の領域が主軸

バイオ研究と聞いて多くの方がイメージするのがウェット系でしょう。大枠の概念として生命科学実験などの実務ベースの研究を志向する研究者が該当します。

ウェット系の研究では、試験管やシャーレを使った実験はもちろんのこと、近年のテクノロジーの発展によって活用されるようになった次世代シーケンサ(NGS)によるDNA読み取りも含まれます。

一例として、NGSを利用したがん遺伝子パネル検査が挙げられます。がん組織からDNAやRNA自体を抽出し、生物学的実験の処理を行い、遺伝子情報を読み取りますが、このプロセスは主に臨床検査会社の担当領域です。1回の分析で読み取られるデータ量は数十GBになることもあります。

ドライ/Dryはテクノロジーを駆使したコンピュータ解析

バイオ研究においてウェットと対局にあるドライは、テクノロジーを駆使したコンピュータ解析が主な領域となります。近年のコンピュータ関連の著しい発展に伴い、ドライ系の活躍できる領域は常に広がり続けている状況です。

かつては実験によって取得できるデータも限られていたため、エクセルのマクロを使った解析でも十分可能であり、研究者自身がPCやワークステーションで計算するのが一般的でした。しかし、今では次世代シーケンサなどの分析装置が急速に進歩したため、最新のテクノロジーを駆使したデータ解析がトレンドとなりつつあります。

ここでもがん遺伝子パネル検査を例にしましょう。前述のウェット領域で、NGSによって数十GBものデータを収集することを解説しましたが、その解析からドライ領域です。

収集した膨大なデータはコンピュータによって解析します。ゲノム情報はA(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)の塩基配列であり、これが1行あたり100~200字、全部で数億行並んでいます。この文字情報を整理し、遺伝子の情報が書き変わった部分を見つけ、それがどのようにがんの発現に関係するのかをリサーチする、人力では気の遠くなるような作業です。

その際、これまでの医学や生物学の知見が蓄積された知識データベースを用いて、そこに意味づけを行っていきます。さらに、解析結果に基づいて個別化されたレポートを作成するのもドライ分野の作業です。

ラボで比較するウェットとドライ

同じバイオ研究においても、ウェットとドライでは使う装置が異なります。いずれも実験・分析を行うものの、その機能の違いを理解することで全体把握に役立つでしょう。

ウェットラボとドライラボの比較表
ウェットラボとドライラボの比較表

考えるべきはウェットとドライの融合

自らの研究領域がウェットかドライかを明確にしていくことは、専門領域を深めるためには大切です。しかし同時に、両者の協力関係がさらなる研究成果の発展において不可欠な要素になるでしょう。今後のバイオ領域の研究発展のためには、双方を融合させて考えることが重要になります。

求人市場においてはドライ系の拡大路線が顕著

近年、ドライ系研究に大きな成長性を感じるものの、現場ではまだまだウェット分野の研究に従事している研究者が多いように思われます。
バイオ領域の研究を志す方にとっては、ドライ寄りのキャリアパスをイメージしづらい方も多いでしょう。現在はウェット分野の研究者が多いですが、今後はウェットとドライの割合も変化していくことが予想されます。

まだまだ実情としてはウェット思考の研究者が多い

テクノロジーの発展とともに生物学と情報学を組み合わせたバイオインフォマティクスへのニーズは高まっており、そのトレンドは今後もより顕著になることが予想されます。

バイオインフォマティクスの市場規模拡大は多くの調査レポートが示しており、例えば、株式会社グローバルインフォメーションによると、バイオインフォマティクスの市場規模は2021年の107億米ドル(約1.6兆円)からCAGR(年平均成長率)15.2%で成長し、2026年には218億米ドル(約3.3兆円)に達する予測です。

画像引用:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000001917.000071640.html

求人市場においてはまだまだウェット系の比率が高いものの、バイオインフォマティクスの世界的な市場規模の拡大に伴い、ドライ系職種の求人市場も増加基調にあります。バイオ研究でのニーズにおいて、これからますますドライ系のウェイトは高まっていくでしょう。

望まれるのは対立ではなく、相互理解の発展

将来的にさらなるバイオ領域の発展を望むには、「ウェット」「ドライ」というカテゴリーにこだわり過ぎるべきではないでしょう。現に世界的な潮流としては、生命現象をさらに解き明かし、創薬などに活用していくためには双方とも不可欠と考えられます。

かつては、ウェットとドライは対比されライバル関係にあるとみなされることもありました。例えば、かつて創薬の現場では「計算創薬は信頼できない」といった声もありました。しかし、今後はウェットとドライは、対立関係ではなく共闘関係と捉えていくことが重要でしょう。

1人のバイオ研究者として今後のキャリアパスを考える際、ウェット系の研究をしつつ、ドライ系も学ぶことをおすすめします。また同様にドライ系の研究をメインで行う方も、ウェット系を学ぶと良いでしょう。ウェット系、ドライ系研究の相乗効果での発展が望まれるところです。

ウェットorドライの思考から「ウェット&ドライ」へ

大半のバイオ研究者の共通の願いとして、「データに埋もれている生命現象をより精緻に理解すること」があるでしょう。そのためには、多くのデータを収集したうえで正確かつ効率的な解析が必要になります。

次世代シーケンサ(NGS)の登場はウェット系の研究者が扱えるデータを格段に増加させました。従来の方法では1~96個のDNAを同時に処理するのが限界でしたが、NGSでは1回で数千億もの塩基情報を得られます。そして同時に、得た膨大な情報をいかに扱うかにドライ系研究者は精力を傾けてきました。

テクノロジーの発展に伴う両者の取り組みの結果、バイオインフォマティクスは急速な発展を遂げてきたといえるでしょう。バイオ研究の発展はウェットかドライのどちらかの領域だけで成し遂げられてきたわけではなく、両者の融合によって実現できたといえます。

今後、両者の素養を兼ね備えたハイブリット型の研究者になることが、これまで以上に求められてくるでしょう。これからは「ウェットorドライ」ではなく、「ウェット&ドライ」の意識が重要になります。

採用ニーズは「ウェット→ドライ」への移行傾向にある

現在、ウェット系を中心に活躍しているバイオ系研究者も、バイオインフォマティクスに関する学びや知見の向上において目を向けるべきタイミングを迎えています。「ウェットオンリー」から「ウェット&ドライ」を意識する上でも、まずはドライ領域の基礎となるプログラミング言語を学び始めるのも良いかもしれません。

これまでウェット系研究を続けてきた方にとってプログラミング言語の学習は敷居が高く、自身の研究を続けながら時間を確保するのが難しいと思われるかもしれません。しかし、難易度が高いと言われるC言語を中心としたコンパイラ言語だけでなく、RubyやPythonなど、初心者でも直感的に分かりやすいインタプリタ言語のニーズが高まっており、インターネット上でもたくさんの情報を収集できます。

バイオ研究者としてウェットとドライの二刀流を目指すなら、インタプリタ言語を習得するだけでも大きなアドバンテージになりますし、転職市場においても大きな武器となるでしょう。

ラボにおけるニーズは「ドライ+ウェット」の浸透も

バイオインフォマティクス市場の拡大、ドライ系求人の増加など、ドライ系ニーズの高まりがある一方、増加傾向にあるのはドライ一辺倒とは限りません。ドライ研究が発展する中で、ウェット系のラボを併設する取り組みも増えています。

実際にレンタルラボ(賃貸ラボ)というオフィス機能とラボ機能(実験施設)が⼀体化された賃貸施設も増えてきており、企業側としても融合におけるシナジーやオープンイノベーションの活性化に期待している傾向にあることが伺えます。

また、実験施設は大きく分けて企業内の自社ラボ、大学内の研究施設である大学ラボ、そして、賃貸オフィスのようにレンタルできるレンタルラボです。近年、注目されているのがレンタルラボで、特にスタートアップのように十分な資金がなく自社ラボを持てない企業に利用されています。

レンタルラボのメリットは、オフィス機能とウェット系施設が併設されたものがあることや、コストを抑えた研究ができるだけでなく、事業支援のサポートを行っていたり、企業間で交流できたりする点です。

「ウェット&ドライ」の融合がバイオ発展に不可欠

【Wet Dry バイオインフォマティクス のまとめ】
・バイオ研究は大きくウェットとドライに分類される
・ウェットとドライは対比関係から共闘関係に
・時代のニーズに合わせた柔軟な研究スタイルが重要に

バイオ研究は大きくウェットとドライに分類されますが、双方は対比関係ではなく、共闘関係としての意識が重要です。両者の融合によりバイオ研究はさらなる発展が予測されます。

バイオ系研究のトレンドを踏まえると、バイオ研究者はどちらの素養も兼ね備えたハイブリット型になることが重要だと言えます。

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