バイオ領域において、2024年現在、注目されているのが「バイオインフォマティクス」です。バイオ(生物学)にインフォマティクス(情報学)の学問が融合したバイオインフォマティクス(情報生命科学)においては、遺伝子予測や創薬など関連領域のマーケットも力強い成長を遂げており、今後も発展が見込まれる分野です。
研究者として、バイオインフォマティクス領域で活躍するためには、どんな知識を身につけ、何を学ぶべきでしょうか?バイオインフォマティクスの技術者「バイオインフォマティシャン」を目指す上での登竜門となる「バイオインフォマティクス技術者認定試験」について紹介します。
監修者プロフィール
昨今、生命科学と情報科学の知識をバランス良く身につけた技術者や研究者の需要が急速に拡大しています。その背景には「バイオインフォマティクスの各領域への応用が期待できること」や「次世代シーケンス技術をはじめバイオインフォマティクスを支える技術やツールの急速な進化」などがあります。
バイオインフォマティクスの応用領域としてもっとも期待されているのは、医学・薬学の分野です。従来、新薬開発の成功率は3万分の1ともいわれ、偶然の発見に左右されていました。しかしバイオインフォマティクスにより、膨大なデータにもとづき新薬の安全性や効果性について、高い精度で予測することが可能になり、新薬開発の成功率を圧倒的に高めることに成功しました。
さらに、バイオインフォマティクスの技術を用いて遺伝子を調べることで、個人の体質に合わせた個別化医療(プレシジョン・メディシン)を実現しています。2015年1月20日にオバマアメリカ合衆国大統領の一般教書演説で「Precision Medicine Initiative」が発表されたことで、世界的にも注目されるようになりました。日本では2013年より、日本初の産学連携でのがんの遺伝子変化を調べる世界最大規模のプロジェクト「SCRUM-Japan」が行われるなど、個別化医療実用化の取り組みが行われています。
また、次世代シーケンス技術により、遺伝子配列解析が迅速かつ低コストで行えるようになりました。1990年から始まったヒトゲノム計画は、人のDNA塩基配列の解読を完了するのに2003年までを費やし、費用も3000億円以上かかっていました。一方近年では、次世代シーケンス技術により、1人分のゲノムは1日で解読でき、その費用も10万円まで低減しました。シーケンス技術がこの数十年で急速に進化したことが分かります。
一方、DNA塩基配列を解読できてもその大部分はまだ理解できていません。また情報をどのように活用するかは別問題といえるでしょう。バイオインフォマティクスのさらなる発展が求められ、そのために多くの人材が必要とされています。
こうした状況の中で、生命科学と情報科学の融合であるバイオインフォマティクスの各分野における基礎的な知識と理解度を測るのが「バイオインフォマティクス技術者認定試験」です。
日本において、バイオインフォマティクスという学問分野を発展させ、その技術および関連事業の振興、ならびにその教育基盤を確立するために1999年(平成11年)に設立されたのが「日本バイオインフォマティクス学会」です。
同団体は、若手研究者向けの夏の学校の運営や、「バイオインフォマティクス事典」、「バイオインフォマティクス入門」の刊行事業を行ってきました。まさに日本におけるバイオインフォマティクス普及・拡大の先駆者というべき存在です。さらに、同団体は、2007年に「バイオインフォマティクス技術者認定試験」をスタートさせ、若手研究者がバイオインフォマティクスを体系的に身に着けていくための仕組み作りにも取り組んでいます。
バイオインフォマティクス技術者認定試験は、合格者がバイオインフォマティクスの基礎から先端までの基本知識を有し、関連業務への適性が一定レベルに達した人材であることを示せるよう設計されています。
日本バイオインフォマティクス学会は「バイオインフォマティクス技術者認定試験」の概要について次のように紹介しています。
Society5.0*においてもバイオインフォマティクスは医療・ヘルスケアITと密接に関連する重要技術であり、産業界では、バイオインフォマティクス関連業務の入札や雇用で当該試験の合格が要件となっていたり、社員の育成を重視する企業に利用されています。また、学生や一般の方がバイオインフォマティクスを勉強する際の指針となるように設計されており、リカレントを含む教育の入り口としても機能しています。
出典:特定非営利活動法人日本バイオインフォマティクス学会「認定試験の概要」
*Society5.0とは、政府が提唱する新しい社会のあり方。「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)」のこと
バイオインフォマティクス技術者認定試験に合格すれば、「JSBi認定バイオインフォマティクス技術者(英語名:JSBi Certified Bioinfomatics Engineer)」と記載できます。現在、同学会は国家資格化を目指しており、バイオインフォマティクススキル標準の策定も他学会と連携して進めています。
出題範囲は「生命科学分野」「情報科学分野」「バイオインフォマティクス」の大きく3つに分かれています。各分野は以下の領域を含みます。
2022年度は計515名が受験し、うち社会人333名、学生182名でした。そのうち合格者は269名で欠席者を除いた合格率は59.8%でした。
また、2021年度より、正会員/学生会員の合格時には、合格翌年度の年度会費免除が適用される仕組みも開始しています。
バイオインフォマティクス技術者認定試験は、バイオインフォマティシャンとして活躍する上での試金石になります。ただ、やみくもに挑戦するのではなく、受験する前に自分のバイオインフォマティクスにおける現在地、レベルをきちんと把握し、その上で身につけるべき知識や活躍できる領域を把握することが重要です。
ここでは、「理解」・「解析」・「活用」・「開発」の4フェーズに分けて解説します。
理解フェーズとは、解析されたデータを把握できるレベルです。
バイオインフォマティシャンと名乗るに至っていない段階であり、資格合格に向けてまだ勉強が必要といえるでしょう。PCAやUMAPなどで表示されたデータの読み解き、次世代シーケンサーやscRNA-seqのメカニズムの理解、機械学習の教師あり、教師なし学習の意味が理解できているか、などが理解フェーズの判別基準になります。
解析フェーズとは、データ解析の実用的な対応ができるレベルです。従来のWet系からDry系への移行を意識すると、解析フェーズに達しているならバイオインフォマティシャンと名乗れるでしょう。そのため、解析ができるか否かが大きな分水嶺です。
具体的には、LinuxやUnixなどのコマンドラインでデータの取り扱いができるか、PythonやRなどのプログラミング言語の基本コマンドの一通りの使用ができるか、PCを環境設定してツールのチュートリアルの動作、ツールのエラー対応をしながらの動作など実用的な対応ができるか、が基準になります。
PythonやRを使ったプログラミングの理解を助けるコンテンツは、インターネット上に多くあります。
たとえばオンライン学習サービスSchooでは、下記のコンテンツが参考になるでしょう。
・Rのキホンをみにつけよう
・Python超入門【2023年版】
アルゴリズムを理解した実践が可能な活用フェーズに入ると、バイオインフォマティシャンとしても独り立ちのレベルといえるでしょう。
必要なバイオインフォツールを探して環境構築して使用することで結果を取得し、Dockerなどの+αの環境構築ツールの使用、研究分野で使用される標準的なバイオインフォツールの大まかな把握、ツールの内部で動いているアルゴリズムの理解が判別基準になります。
開発フェーズに達すると、どこの企業や組織でも通用する人材といえます。
研究テーマの課題解決のために新規バイオインフォツールを開発したり、新たな分野についてもツールを開発したりできるでしょう。また、統計的な知識などを用いた高度なデータ解析を行い、その結果を分析・考察して周りに共有などができるレベルに到達しています。従来のバイオ関連の人材、Wet系にはなかなかいない、情報系出身レベルの習熟度であり、真のバイオインフォマティシャンといえるでしょう。
生物学の研究手法が従来のWet系からDry系に大きく移行する中、扱うデータは膨大になり、データを適正に扱い、活用するためには情報学への習熟が不可欠です。
遺伝学、ゲノミクス、プロテオミクス、システム生物学を含む、生物学の多くの分野とバイオインフォマティクスは密接な関係にあり、バイオインフォマティシャンは多くのバイオ研究者が目指すキャリアの1つとなってきています。
科学の発展や研究のさらなる進展を目指す上で、各領域で熟練したバイオインフォマティシャンへの需要が高まっています。しかし、専門家に対する需要が高いにもかかわらず、そのポジションを埋められる人材不足が顕著です。
バイオインフォマティクス技術者認定試験は2007年から実施されていますが、当初、受験者数は100~200人前後の推移でした。しかし2019年には500人を超え、2022年も515人が受験しています。受験者数の増加傾向をみるだけでも、バイオインフォマティクス領域において人材の需要が高まっていることがうかがえます。
一方、学問として新しいこと、生物学の知識とデータサイエンスなどの素養が必要とされるなどの理由から、バイオインフォマティシャンは深刻な人材不足という傾向は今後も続くでしょう。
そのため、バイオ領域の研究を活かすためにも、データ分析やコンピュータサイエンスの理解を深めることが大切です。バイオ研究者としてさらなる付加価値を生み出せる、バイオインフォマティシャンとして多方面から必要とされる人材になるでしょう。
将来性のあるバイオインフォマティシャンを目指す上では、第一歩としてバイオインフォマティクス技術者認定試験に合格し、資格取得を視野に入れるべきでしょう。
実際、2022年の試験においても受験者数515人のうち、社会人は333人で全体の約65%を占めていました。多くの人たちが研究職に従事しながら、次のキャリアパスを見据えてバイオインフォマティクス技術者認定試験を受験していることが分かります。
バイオインフォマティシャンは今後ますます需要が高まることが予想されます。バイオ研究者が企業の研究所に就職するのは狭き門ですが、生物学と情報学の両面に精通した人材が市場でも優位性を誇り、価値が高い人材と評価されるでしょう。
今後、生物学の研究手法がコンピュータを用いたDry系に移行していくことは不可避であり、いまからバイオインフォマティシャンを目指してスタートを切るなら、将来バイオ領域に限らず、さまざまな業界や企業で有用な人材として活躍できるはずです。
その第一歩として、バイオインフォマティクス技術者認定試験を目指してみてはいかがでしょうか?
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