【バイオテクノロジー業界研究③】IT・AIも駆使したものづくりでBXを実現~化学・工業分野編~

バイオテクノロジー領域でも、人々の暮らしの基盤や産業において変革をもたらす可能性があるのが「化学・工業分野」です。例えば、SDGsや気候変動対策の観点から、再生可能な生物資源の利用などは多方面から注目されています。

「DX(デジタルトランスフォーメーション:Digital Transformation)」のようにバイオ領域においても、生物資源やバイオテクノロジーを利活用することで実現する経済圏(バイオエコノミー)を発展させる社会的動きを「BX(バイオトランスフォーメーション:Bio Transformation)」と言います。

今後は化学や工業分野においてもバイオテクノロジーの潮流を踏まえた発展が期待されており、大きなポテンシャルを秘めています。

化学・工業分野のバイオテクノロジーの実態や、主な技術開発分野、さらにバイオテクノロジーが人類の生活や将来をどのように変えるのかについて解説します。

監修者プロフィール

福山篤史氏
日本総合研究所 創発戦略センター コンサルタント「微生物によるバイオプラスチック生産」を対象とした研究開発の経験を活かし、現職では、政府機関・民間企業に対するバイオテクノロジー・バイオマス由来製品の実装に向けた戦略策定支援、カーボンリサイクル/CCU(Carbon Capture and Utilization)技術の実装に向けた産官学連携のコンソーシアムの企画・運営を担当。著書に「図解よくわかる スマート水産業 デジタル技術が切り拓く水産ビジネス(共著)」「図解よくわかる フードテック入門(共著)」(日刊工業新聞社)。
福山篤史氏

化学・工業分野のバイオテクノロジーの実態

バイオトランスフォーメーション

経済団体連合会は2023年3月、「バイオトランスフォーメーション(BX)戦略~BX for Sustainable Future」と題する提言書を発表しました。

同書によると、ゲノム解読の高速化・低コスト化、ゲノム編集の技術革新、バイオとAIなどのデジタル技術との融合などにより急速に進歩したバイオテクノロジーは、特定の企業だけでなく、産業構造や社会全体の資源・エネルギーや食糧の確保・利用のあり方をも根本的に変えるインパクトを有するとしています。もたらす変化の大きさゆえに、BXはDXに続く「第5次産業革命」とも呼ばれるほどです。

政府もBXの重要性を認識し、2019年から「バイオ戦略」を策定し、2030年に世界最先端のバイオエコノミー社会を実現することを目標に掲げています。

また、2022年6月に閣議決定された「骨太方針2022」では、国益に直結する重要な科学技術分野として、量子やAIに加えて「バイオものづくり」や「再生・細胞医療・遺伝子治療等のバイオテクノロジー・医療分野」が取り上げられました。

主な就職先はバイオ系と親和性が高い化学メーカー

化学・工業分野のバイオテクノロジーに根差した就職先には「化学メーカー」が挙げられます。化学メーカーは、主に製品の材料となる「中間財」を化学反応により製造します。例えば、紙やゴム、合成繊維、肥料、医薬品、化粧品、洗剤などが化学製品です。

化学メーカーの中には、次世代市場を見据えたバイオ関連の研究開発を進めています。例えば、中間財を開発する上でバイオテクノロジーを応用した、生物資源由来の高分子化合物の研究開発などです。

さらにそうした中で注目されているのが、急速に発展しているIT、AI技術とバイオテクノロジーを融合した製品やサービスです。化学とバイオは密接な関係にあり、両者の融合が新しい技術開発につながるなどシナジーを生みやすいと考えられます。

化学・工業分野はバイオエコノミーへの影響が大きい

化学・工業分野で将来的にバイオエコノミーに影響を与えると予測されるのは「スマートセルインダストリー」「バイオミメティクス」「バイオインフォマティクス」「バイオベースポリマー」「バイオコンピューター」に関する技術開発です。

バイオ系企業の研究対象は、まだまだ社会に浸透しているとはいえない技術も多い中、近未来の産業をリードしていく可能性の高いものもあり、その研究に携わる研究者としては大きな魅力といえるでしょう。

他のテクノロジーの進歩と融合することで、化学・工業に関するバイオテクノロジーの領域もより発展する可能性が高いと考えられるため、今後の動向に注目です。

バイオテクノロジー関連の主な技術開発(化学・工業分野編)

経済産業省によると、バイオ関連におけるものづくりに関して次のように定義されています。
「バイオものづくりとは、遺伝子技術を活用して微生物や動植物等の細胞によって物質を生産することであり、化学素材、燃料、医薬品、動物繊維、食品等、様々な産業分野で利用される技術」。

経済産業省が掲げる「バイオものづくり革命の実現」のために、どのような技術開発が行われているのでしょうか?

「スマートセルインダストリー」「バイオミメティクス」「バイオインフォマティクス」「バイオベースポリマー」「バイオコンピューター」の5つの領域の「概要」「市場規模」「成長性」について項目ごとに紹介します。

スマートセルインダストリー

スマートセルとは「高度に機能がデザインされ、機能の発現が制御された生物細胞のこと」です。細胞の物質生産能力を人工的にできる限り引き出し、最適化することで産業への活用が大いに期待されます。「スマートセルインダストリー」とは、このスマートセルを用いた産業群を指します。

スマートセルインダストリーのように生物細胞が産業に応用されている背景には、バイオテクノロジー分野で進行する技術革新があります。具体的には以下の通りです。

バイオテクノロジー分野で進行する技術革新をまとめた表

経済産業省によると、バイオエコノミーは2030年には全GDPの2.7%、約200兆円規模に達する見込みで、工業分野はその中でも39%を占めると予測されています。

具体的には、将来的に以下のような産業分野への活用が挙げられます。

・医療ヘルスケア分野で、従来は不可能だった根治治療が実現
・エネルギー分野で、バイオエタノールを使用することで環境負荷を低減
・工業分野で、従来の石油を原料とした高温・高圧プロセスを常温・常圧プロセスに転換することで省エネを実現

バイオミメティクス

バイオミメティクスとは、日本語では「生物模倣」と訳されます。生物の持つ構造や特徴、機能、生産プロセスから着想を得て、技術開発やものづくりに生かすことを指します。この言葉は1950年代後半に神経生理学者のオットー・シュミット博士によって発案されました。

近年、バイオミメティクス研究が推し進められている背景には、ナノテクノロジーの進展があります。ナノレベルで生物を観察、研究することで、従来は分からなかった生物の機能についてより深く理解できるようになり、それが新しい素材の開発につながっています。

2021年11月に発表されたKenneth Researchの調査レポートによると、グローバルバイオミメティクス業界の市場は、2022年に212億米ドル(約3兆円)の市場価値から、2030年末までに315億米ドル(約4兆5,000億円)に達すると予測されています。

バイオミメティクスの活用は、製薬、ロボット工学、情報通信技術、自動車分野などで、さらに進むと予測されています。

また、SDGsと関連して、最小のエネルギーで完璧な循環系を成り立たせている自然のメカニズムが注目されるようになり、エネルギー分野でもバイオミメティクスの成長性が見込まれています。

バイオインフォマティクス

日本バイオインフォマティクス学会によると、バイオインフォマティクスとは「生命現象をコンピューターを使って研究する学問」と定義されています。その中にはゲノムデータを解析して病気のメカニズムを明らかにしたり、タンパク質の形や動きを詳しく調べて治療薬を開発したりする技術開発が含まれます。バイオインフォマティクスの日本語表現としては、「⽣物情報科学」や「情報⽣命科学」が一般的です。

バイオ(生物学)にインフォマティクス(情報学)を組み合わせた学問分野であり、ゲノムなど生体分子の構造・変化・挙動をコンピュータにより数値化し、生理的な情報と共に解析することで産業や医療の発展に役立てます。

社会に対して、特にヘルスケア領域におけるインパクトの大きさゆえに注目されていますが、一方で研究にコストがかかったり、発展途上の領域ゆえに熟練した専門家が少なかったりすることが難点と言われています。

株式会社グローバルインフォメーションが2012年12月に発表したレポートによると、バイオインフォマティクスの市場規模は2021年の107億米ドル(約1兆5,200億円)からCAGR(年平均成長率)15.2%で成長し、2026年には218億米ドル(約3兆1,600億円)に達すると予測されています。

今後、成長が見込まれるバイオインフォマティクスの活用領域の一例として、創薬や農業が挙げられます。
創薬の成功率は3万分の1とも言われ、新薬開発の多くは偶然性によって生み出されてきたといっても過言ではありません。しかし、バイオインフォマティクスの活用により、偶然性ではなく、論理的に創薬が可能になると言われています。また、農業領域に応用されることで、外部環境や病気に強い果樹や作物の生産が期待されています。

バイオインフォマティクスのイメージ

バイオベースポリマー

植物や動物などの生物由来の原料「バイオマス」から作られる生物由来のポリマー(高分子化合物)を「バイオベースポリマー」と呼びます。このポリマーを材料にして成形したプラスチックが「バイオマスプラスチック」です。

バイオマス資源の特徴は、有限である石油を使用せずに、再生可能な資源を使用することです。このバイオマス資源を原料としたバイオマスプラスチックは、燃焼・分解された際に環境中の二酸化炭素を増加させずに環境に負荷を与えないという特徴を持ちます。

また、バイオベースポリマーを分解したり、燃やしたりする時に発生する二酸化炭素は、原料の植物が成長過程で大気中にあったものを吸収したもので、排出量にみなされません。そのため、バイオマスプラスチックは「カーボンニュートラル」な材料と捉えることができます。(ただし、バイオマスプラスチックの製造に伴う設備の建設・維持管理、原料の輸送等に伴うCO2排出も考慮して、ライフサイクル全体のCO2排出量を適正に算出・評価することも重要です。)

株式会社グローバルインフォメーションの調査によると、バイオベースポリマーの市場規模は2023年の251億6,000万米ドル(約3兆5,800億円)からCAGR17.5%で成長し、2030年には778億ドル(約11兆2,700億円)に達する見込みです。

これまでプラスチックは商品の包装や飲料ボトルなどありとあらゆるものに用いられてきました。気候変動対策やカーボンニュートラル実現のために、今後プラスチックがバイオベースポリマーに置き換えられていくことは必至であり、今後も力強い成長が見込まれる分野です。

バイオコンピューター

「バイオコンピューター」とは、生物や生体由来の組織を演算素子として用いるコンピューターのことであり、DNA、粘菌、ヒトの脳オルガノイドを用いたコンピューター等が研究されています。バイオコンピューターは、これまでのコンピューターを超える性能と効率性を発揮する可能性があるとされており、今後さらに注目を集めていくと予想されます。

バイオコンピューターの一つである、人間の脳細胞を使った「オルガノイドインテリジェンス(OI/Organoid intelligence)」は、AIをも上回る可能性があると示唆されています。

バイオコンピューターは大きな可能性を秘めている一方、倫理的問題などで整備が必要な課題が山積しています。現状、今後の市場規模としては未知数ですが、2023年12月には実際に、米インディアナ大学の研究チームが脳オルガノイドとコンピューターチップを接続し、単純な計算タスク、初歩的な音声認識に成功しました。今後の動向に注目したい分野の1つです。

バイオテクノロジーの発展が経済圏をどう変えるのか

バイオものづくり革命を支える技術開発が進めば、人類の暮らしや社会の技術水準に大きな変化をもたらすでしょう。産業を揺り動かすインパクトが期待されているだけに、化学・工業分野におけるバイオテクノロジーの担う役割は大きいと言えます。実際に研究開発に携わる技術者には何が求められるのでしょうか?

化学や工業にとどまらず医療や環境への影響も

BXは化学・工業分野のみならず、医療や気候変動対策にも大きな影響を与え、今後の発展の足がかりになるでしょう。

例えば、バイオコンピューターが医療分野、バイオベースポリマーがSDGsにおけるソリューションを提供することは間違いありません。バイオ系研究職を目指すなら、1つの分野にとどまらず、幅広い見識と興味を持つことが重要になります。

BXが世の中の新常識を形成する未来への期待

今後期待されるバイオエコノミーの変革をはじめ、BXには今あるテクノロジーを想像しえないレベルに引き上げる可能性があります。また、ITやAIを組み合わせることにより、人類が抱えるさまざまな課題に対する解決策を与えてくれることも期待されています。

これから行う研究が人類の大きな技術革新のきっかけとなる可能性も秘めているため、研究に取り組む研究者はやりがいを感じられるでしょう。

まとめ~既存の知識や常識にとらわれない学び・好奇心が重要に

【バイオ 化学 工業 BXのまとめ】
・親和性が高い就職先は化学メーカーの研究開発職
・バイオインフォマティクスなど5つの領域に注目
・バイオエコノミーの変革に研究者としてどう向き合うかを意識

バイオテクノロジーでの化学・工業分野において就職先を検討する際には、化学メーカーの研究開発職などが考えられます。

社会的課題を解決し、経済成長にもつながるとして政府も力を入れているバイオものづくり革命の実現に向けては、「スマートセルインダストリー」「バイオミメティクス」「バイオインフォマティクス」「バイオベースポリマー」「バイオコンピューター」の領域が注目されています。

これらのバイオエコノミーの変化において、研究者として今後も情報収集やトレンド分析などを怠らず、Dry系技術のキャッチアップなどバイオ系人材に求められる条件をしっかりと把握しておくことが重要です。

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