【バイオベンチャーの将来性】急成長中の企業への就職・転職の実態

バイオテクノロジーを応用することで、ヘルスケア、遺伝子工学、農業、食品、環境保全など幅広い領域での貢献が見込まれる「バイオベンチャー」。1999年には212社に過ぎませんでしたが、2019年4月には2010社と、20年間でほぼ10倍に増加しています。

一方で日本の場合は研究の実績やクオリティが高くても、欧米に比べて事業にはなかなか結びついておらず、エコシステムの形成が進まないのも現状です。他国に後れを取る日本のバイオベンチャーですが、将来性は見込めるのでしょうか。バイオ関連企業を希望する求職者にとって、バイオベンチャーは1つの選択肢になり得るかを検証します。

監修者プロフィール

福山篤史氏
日本総合研究所 創発戦略センター コンサルタント

「微生物によるバイオプラスチック生産」を対象とした研究開発の経験を活かし、現職では、政府機関・民間企業に対するバイオテクノロジー・バイオマス由来製品の実装に向けた戦略策定支援、カーボンリサイクル/CCU(Carbon Capture and Utilization)技術の実装に向けた産官学連携のコンソーシアムの企画・運営を担当。著書に「図解よくわかる スマート水産業 デジタル技術が切り拓く水産ビジネス(共著)」「図解よくわかる フードテック入門(共著)」(日刊工業新聞社)。

福山篤史氏

日本でも注目度が高まっているバイオベンチャー

バイオベンチャー

2022年におけるバイオ企業の時価総額は米国で75兆円だったのに対し、日本ではわずか1.3兆円で、57.6倍にもなりました。米国でバイオ企業がこれだけ事業として成功している理由の1つは、アカデミア発の研究成果をバイオベンチャーが実用化し、製薬会社・バイオ企業へ成長するエコシステムが確立していることが挙げられます。事実、新型コロナウイルス感染症が世界的に大流行した際、ワクチン開発に最初に成功したのは創薬ベンチャーでした。

それに対して、日本ではアカデミアでは多くの優秀な研究が生み出されているにもかかわらず、アメリカのように新進気鋭のベンチャーが次々と台頭する土壌が形成されてきたとはいえません。しかし、近年はバイオベンチャーを取り巻く環境も徐々に変わりつつあります。

日本において、内閣府が2021年に公表した「バイオ戦略フォローアップ」では、「ベンチャーキャピタル等からの資金調達を促進するため、バイオベンチャーの実力を適切に評価しうるとともに、ビジネス展開に向けた人材育成を支援する仕組みが必要である。」と記載されています。このように、政府としても、バイオベンチャーのビジネス展開に向けた人材育成にも力を入れる方針を示しています。

経済産業省によるバイオベンチャーの支援

経済産業省が実施している「創薬ベンチャーエコシステム強化事業」では、創薬ベンチャーの大規模な開発資金の供給源不足を解消するために、認定VC(ベンチャーキャピタル)による出資を要件として、創薬に特化したハンズオンによる事業家サポートを行います。

また、上場直前から上場後のフェーズにある創薬ベンチャーが抱える資金調達の課題について検討するために、経済産業省は「バイオベンチャーと投資家の対話促進研究会」を発足、論点抽出や政策検討を行ってきました。その過程で上場前後のバイオベンチャーが抱える課題を解消するために、東証への上場時の審査基準の明確化と、上場廃止基準の見直しを検討しました。

さらに、バイオベンチャーが投資家目線で必要とされる非財務情報を中心とした情報開示を進めるにあたっての手引書『バイオベンチャーと投資家の対話促進のための情報開示ガイドブック』も策定しました。2019年時点で上場しているバイオベンチャーは58社でしたが、そのうち創薬に携わる会社が全体の57.9%を占めていることから、経済産業省の取り組みは一定程度の成果を生み出していることが分かります。

バイオベンチャーデータベースに優良企業が掲載

日本の優れたバイオベンチャー企業が資金供給源を確保できるように「バイオベンチャーデータベース」では最新の情報を国内外に広く紹介しています。このデータベースは一般財団法人バイオインダストリー協会および特定非営利活動法人 近畿バイオインダストリー振興会議が共同で作成・運営しています。データベースには2023年7月現在、229件のバイオベンチャーのエリア、主要製品やサービスが掲載されています。

バイオベンチャーが地位を確立できていない理由

研究職

バイオベンチャーのエコシステム形成のためには資金に加え、人材の確保も不可欠です。しかし、現状ではバイオ関連企業への就職・転職を希望する求職者にとってバイオベンチャーが就職先の筆頭候補にならないケースも多く見られます。

その点について、経済産業省が2021年2月に公表した「『バイオベンチャーにおける研究人材確保に関する調査』実施報告書(令和2年度)」によると、「バイオベンチャーにおける人材確保は難しく、①人材が大手企業に集中し、滞留する人材流動性の低さ、②バイオ系専門人材を確保するツールや情報の欠如、③ベンチャーに就職してから再び大学に戻るキャリア形成が社会的に認められにくい研究現場の現状など、数々の課題が存在する」と指摘しています。この報告書からも分かる通り、日本においては大企業に比べるとバイオベンチャーの地位が確立できていないことが人材が集まらない1つの要因であるといえるでしょう。

アメリカなど先進国に比べて投資が活発でない

令和3年度商取引・サービス環境の適正化に係る事業(バイオコミュニティ形成に向けた調査)報告書」によると、世界の諸都市の中でバイオベンチャーに対する投資額に基づいて、バイオベンチャーをけん引しているエリアを並べるとボストン、サインディエゴ、ロンドンであることが分かります。東京圏ではバイオ関連の主要ジャーナルへの論文発表数はボストンに匹敵しているものの、投資額は約10分の1に過ぎません。このことから、東京圏をはじめとして日本ではアカデミアにおいてバイオ関連の研究は集積しているにもかかわらず、ベンチャー創出、資金調達に大きな課題があり、企業・調達支援の充実が取り組み事項であることは明らかです。

また、欧米ではバイオベンチャーに対する金融面の支援だけでなく、各フェーズにおいて事業支援機能を果たす各機関・組織と連携している点も注目に値します。例えば、世界のバイオベンチャーをけん引しているボストンでは、研究支援、企業支援、知財戦略、臨床試験実施、運営支援、医薬品製造・量産化、サプライチェーン構築に至るまで、協力関係が構築されており、ベンチャーの成長が加速するエコシステムが存在しています。

こうした状況に対して、日本でも内閣府のバイオ戦略のもと、「Greater Tokyo Biocommunity (GTB)」、「バイオコミュニティ関西(BiocK)」等を始めとするバイオコミュニティが立ち上がっており、今後、資金調達や人材確保の改善が期待されます。

M&Aや倒産による事業の方針転換などのリスク

ベンチャー企業の成長フェーズは、「シード(製品やサービスの開発)」、「アーリー(初期のマーケティング、販売活動を始める段階)」、「ミドル(販売量が増加し、生産活動を開始)」、「レイタ―(持続的なキャッシュフローが確立)」に大きく分けられます。バイオベンチャーに限ったことではありませんが、「アーリー」期において必要な資金が獲得できずに事業継続が不可能になり、倒産してしまうことがあります。また、バイオベンチャーでは、ITベンチャー等と比較して、研究開発に一定の設備投資が必要となるため、イニシャルで掛かるコストが大きいことも特徴の一つです。

また、資金面が潤沢でない状況においては、M&Aされるリスクも高く、バイオベンチャーに就職した場合、これまで続けてきた研究とは大きく方向転換する事態もあり得るのです。もっともバイオベンチャーの中には信念に基づいてベンチャー領域での事業発展を目指すよりも、企業価値を高めてM&Aされることを目指す企業も少なくありません。バイオベンチャーの求人を探す際は、企業としての研究への理念なども欠かさずにチェックすることが大切です。

就職の鍵は、バイオベンチャーで何を成し遂げたいのかを明確にすること

大手企業の研究職ではなく、バイオベンチャーを選ぶにはそれなりのリスクを覚悟しなければなりません。資金調達の行き詰まりや方針転換などのリスクを踏まえた上で、なおかつバイオベンチャーを就職先にしたいのであれば、入社後に何を成し遂げたいのかを明確にしておきましょう。

また、一口にバイオベンチャーといっても、バイオテクノロジーの活用範囲は幅広く、医療やヘルスケアだけでなく、食品、化学、農業、環境などさまざまです。また、バイオベンチャーはビジネスにつなげる意識が高いため、アカデミアで培った「研究」との間に齟齬(そご)を感じることになりかねません。

さらに、開発段階には失敗が付きものです。粘り強く開発を続け、さらにマーケットに受け入れられる製品やサービスに結びつけるには長い時間がかかる場合も少なくありません。研究を事業化するためには、自分がバイオベンチャーで何を成し遂げたいのかをきちんと言語化しておくことが大切です。

研究成果が生かされる環境であることを重視

単に「成長過程のベンチャーは面白そう」とか「ベンチャーだと短期間で成長できるから」というマインドセットだけで、バイオベンチャーを就職先に選ぶとミスマッチが起きかねません。分子生物学、細胞培養、蛋白質工学、微生物学、遺伝子治療など自身が専攻した分野が生きる職場であることも大切です。また、さらに重要なのは、バイオベンチャーでは研究だけしていればよい訳ではなく、それをサービスや製品に応用化することが求められます。つまり、マーケットに受け入れられるためには、そうした難解な技術を分かりやすく説明できなければなりません。日ごろから自身の研究を、一般の方にも分かりやすく説明する意識を持つことが重要でしょう。

先端技術に携わる応用研究への志向性が重要に

上述したように「研究」を主とするアカデミアと「開発」「製品化」を目指すベンチャーとは目的意識が全く異なります。バイオベンチャーに入社しても、この違いを理解しておかないとせっかく素晴らしい研究をしても、知財の権利化が遅れ、独占的に製品を世に出して収益を上げることに失敗することにもなりかねません。もし、学術的で実験的な研究に没頭したい場合は、バイオベンチャーには合わない可能性もあります。一方で、バイオベンチャーには、自身が関わる研究成果を製品化・マーケティングにまで繋げられるという魅力があります。バイオベンチャーへの就職を検討しているなら、先進技術に進んで携わりたいという応用研究重視の志向が求められるでしょう。

まとめ~バイオベンチャーは就職の選択肢になり得る

【バイオベンチャーの就職・転職のまとめ】
・日本でもバイオベンチャーの支援環境は整いつつある
・バイオベンチャーへの就職は他の選択肢よりリスクは高い
・自身の研究における志向性が就職においては何より重要

これまでも産官学連携で進められてきたバイオベンチャーの立ち上げと事業展開ですが、今のところ欧米に比べると国内ではまだ道半ばとの印象は否めません。しかし、新型コロナウイルス感染症のワクチン開発だけでなく、今後わたしたちが直面するさまざまな問題にバイオテクノロジーはますます不可欠になることは確かです。そうしたマーケットのニーズと調和して徐々にバイオベンチャーを取り巻くエコシステムも構築されつつあります。

確かにバイオベンチャーへの就職・転職は大手企業に比べると、経済的安定という側面から見るとリスクが高いと言わざるを得ません。しかし、バイオベンチャーへの就職・転職の醍醐味(だいごみ)である、開発から製品化、マーケティングまでビジネスのさまざまなフェーズに関わることができます。それにより、研究者としてだけでなく、経営者に必要なスキルセットも身に付けることができるでしょう。

また、バイオベンチャーへの就職・転職を検討しているなら、自身の研究に没頭するよりも、それをいかに発展させてビジネスにつなげるか「志向性」が重要であることも忘れないようにしましょう。

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